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2001年2月中旬の出来事

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2月20日×懇親会

本郷と駒場の相談員およびセンターや先生の方々と親睦を深める懇親会があった。先学期は本郷だったので、今学期は駒場である。

帰りが何時になるか分からないので、武蔵境まで歩いていくことにする。歩きながらつらつらと自分の性格について考える。自分はどうも選択肢が複数あるのが好みなようだ。武蔵境から行くにしても自転車で行ったほうが速いし楽なはずだが、自転車を使うと帰りも武蔵境経由で帰ってこないといけないので、選択の幅を狭める。こういうのはどうも気に食わないらしい。

他人に自分はこれからこういうことがしたいと言うと、決まって違うことを始めたくなる(しかも実際始める)というのもこれの延長線のように思う。言ったから興味を失うのか、興味を失ったから言うのかはっきりとはしないが、いったん口に出してしまうとそれ以外のことができなくなるようで、非常に居心地が悪い。社会に出たら言わないで突然発表しても評価されないよ、というのも分かるし、実際なにかプロジェクトを立ち上げるときはみんなの手を借りないとうまくいかないことも理解しているが、それでも自分で閉じているようなことだと言わない、もしくは言ったらそれと違うことをする傾向がある。自分で言うのもなんだが、とことん天の邪鬼だと思う。

武蔵境まで歩いて行くというのも久しぶりだ。小学生のころよく通った道を行く。町並みはあのころとだいぶ変わっていて、田んぼを突っ切って通れたはずの道が工事中になっていたり、知らない店ができていたりする。あのころのことはほとんど覚えていないのだが。

冬学期は4限と5限が勤務時間だったので本来ならば今日も勤務の時間なのだが、もう試験も終わっていたので4時ごろ情報棟に入る。いきなりプリンタ pr001 と pr002 が UTLB ミスエラーを出していたのですかさず電源を再投入し、ジョブの消去。相談員かセンターの人(特に O さん)がいないと永遠にプリンタが止まっていたかもしれない。とはいえ、詰まっていたのも数件なのでそれほど被害は広くない。

教養後期の留学生らしき人が、フロッピーから WindowsNT のディレクトリにファイルをコピーしたのに開けないと相談に来る。実際 NC 端末で操作してホームディレクトリや personal フォルダの中をのぞいてもそれらしきファイルはなく、ディスクの使用量を調べてもらっても 10MB ほどしか使っていないので問題ない。もう一度 I/O 端末にフロッピーを入れてもらってファイルをコピーする操作をしてもらう。しかし、もう一度 NC のほうでホームディレクトリの再スキャンをかけてみても見当たらない。

これは不思議だと思って該当するファイルを調べてみると、容量的には 100KB ほどの Word ファイルである。しかしファイルの名前をちゃんと見たら驚いた。Word には名前を指定しなければ本文の冒頭から適当に文章を抜き出してファイル名をつけるという素敵な機能があるらしいが、名前を変更しようとして発覚したのだが、なんとこのファイルはダイアログの縦の長さが画面からはみ出すくらい長いファイル名になっていたのだ。これを適宜最初の10文字くらいに変えてもらったらめでたく NC 上でも見えるようになったが、こういうこともあるものかとびっくりした。

5時半から懇親会なので上がろうとすると、帰りしなにまた pr001 と pr002 が詰まっていたのでジョブを消しておいた。WindowsNT から web ページや Word のファイルを出そうとすると詰まることがあるんだよな(再現性あり……つまり UTLB ミスエラーを出すページやファイルはほぼ確実にもう一度出しても同じところで UTLB ミスエラーを出す)。

懇親会ではセンターの方や先生方も交えて楽しく歓談した。自分はといえば sodan システムの管理をどうするか、W くんや O くん、それに N さんらと打ち合わせるので忙しかったのだが。

なぜか周りの人は食が細く、会の終わりには大皿で8皿ほど食べ物が余った。特にサラダと酢豚は誰も手をつけていなかったので大量に残っていた。確か先学期の懇親会も酢豚はみんな一口くらいしか食べなかった記憶がある。次回の懇親会は酢豚とかエビチリとかカタクリ粉使ってるよーな食べ物は控えめにしてもらうよう頼もう。余ったものは自分に関してはペットボトル4つと大皿1つとパック2箱詰めて持ち帰り、その他は B さんが1皿、残りは適当にパックに詰めて数人が持ち帰り、さらに余ったものは O くんと K くんたちにに持って帰ってもらった(やはり残るともったいないし)。

H さんと S さんと S さんと O くん、それに自分とで2次会。原宿のじゃんがららーめんで(もう食べ過ぎだったのに……)らーめんを食べる。VC-NET が年2万円で固定 IP 8個って魅力的、とか、H さんが qmail なんて使ってんのぉ〜、とかいう話。postfix でも MX レコードまでしか引かないので、smtpfeed だったら IP まで調べて IP が同じだったらまとめて送るので smtpfeed でしょ、と H さんは言うが、某所の ML はせいぜ数十人規模なので postfix で十分だろう。送ったら一瞬で配信されているし(送っても数十分しないと帰ってこない ML って何人くらいの規模でどういうスペックと設定で運営しているんだろう……)。H さんが言うにはとある友人は qmail で3000人規模の ML を運営していて、256Kbps の回線で 40KB のメールを配信したら4時間回線を占有するらしい……。

10時に解散したが、O くんはそれから11時半上野発の電車で帰省する予定だそうだ。食べ過ぎでちょっと苦しい……。とうめいていたが、無事電車には乗れたのであろうか。乗れなかったら切符も取ってないことだし朝の便で帰る、ということであったが。

帰ってきたら3時に家を出たときもう既に折り始めていた M はまだ折り続けていた。すごい。鶴を折っていると無心になるそうだ。で、気がついたら折り終わった鶴の山が目の前にあると。しかも意識して折るよりそういうトランス状態で折ったほうがきれいに折れるそうだ。すごい境地に達したものだ、と感心したら、この状態を短距離にも応用できないものかと考えているそうだ。うーむ、弟ながら恐れ入る。

その後1時ごろ J が帰ってきて会話が終わるかと思って M と話していたら帰ってくる気配がなかったので、結局3時まで喋ってしまった。M の陸上部が非常に楽しいところだということが分かった ;-)

本日忘れていたこと:
懇親会で tutors ML の保存と閲覧に関して訊くこと
ADSL についてリムネットのほうからメールがあること

2月19日×予想

選挙は保谷前保谷市長(ええい、紛らわしい)が当選したらしい。意外。選挙だけはフタを開けてみるまで分からないって言うけど。末木田無市長が選挙の演説カーで「みなさん、デマは信じないでわたしに清き一票を」みたいに言っていたのが響いたのかな。警察に訴えるらしい。デマの現物をみたけど、「末木市長は自分の会社に税金を注ぎ込んでいる」というもので、土曜日だか金曜日だかにポストに投函されていたようだ。ほほう、これがそれかって見たのだが、批判であるのに肝心な書いた人もしくは団体の名前がない。みんなこんなデマを信じるのか……(註: これが事実であるかどうか判断するだけの根拠を自分は持っていないが、情報源が明らかになっていない以上中傷文であることは確か)。まあチェーンメールも平気で流れる世の中だし、素直に信じる人もいるんだよな。

あと元教授の酒匂という人と、元助産婦(とはいえ母によると全然助産婦していないらしいが)の清水という人はどちらも田無市からの出馬なので、それで末木前田無市長から票を奪ったのかもしれない。

ま、教訓としては自分の予想というものも全くあてにならないということだな。

S が最近すぐ鼻血が出るのが止まらないということで病院に行ってきた。検査してもらったところ、なんとアレルギーらしい。そういえば小さいころから S は病院続きだ。ロウトキョウ(綴りは知らない; ずっと音だけ聞いてきたので漢字を知っても多分違う病気だと見てしまうだろう)で悪化したら手術して肋骨を裏返さないといけないとか(その後水泳をやったらかなり改善されて今はもうほとんど胸の窪みは見えないようになった; 高校ではまた水泳を始めたようだし)、アトピー気味なところもあったし。

それでその原因がなんと、ダニやホコリが大きいという。確かに S の部屋は空気の流れも悪いし、引っ越してきてからカーペットを取り替えたこともないし、大掃除もここ数年していない。引っ越してきた当初あの部屋で自分も寝ていた時期があったが、寝ているとどうも胸のあたりが苦しくなって心臓が止まりそうになるので数日で交代してもらったことがある。その後2年くらい両親の寝室となっていたが、自分が帰ってきてからは PC Room になっていること1年ほど(その間 S は両親の横で寝ていた)、去年高校入学あたりから S がその部屋で寝るようになった次第。あの部屋は夏暑いし冬寒いし蚊は出るしで全くいいことない。PC をあの部屋で夜中まで使っていると決まって3時から4時ごろに(もっと早く寝ろという説はあるが)息が苦しくなる。自宅の隣は拓殖大学の学生ハイツになっているのだが、なんか給湯器のガス排出口が外にあるので、それの一酸化炭素がこっちに来ているんじゃないか(根拠なし)?

M が夏から1日最低3時間は(今1日最低3時間無心に千羽鶴が折れるのだからこれをやり通すことができたら1日何時間でも意味ある勉強ができるはずだと公言している)夜中まで勉強する予定だから、夏になったらいま自分と M とが寝室にしている部屋で S が寝ていいということになりそうだ。そうすると M が寝る場所がそこになるわけで……あんまりよくないかもしれない。とはいえ自分が寝るわけにもいかないし、どうしたものか。この家もなんだかなあと思うこと多数。

今日は jail をちょっと試してみた。意外と簡単。5分で楽しめた。だが調子に乗って /usr/libexec/ld-elf.so.1 を /jail/usr/libexec/ld-elf.so.1 と cp -p しようとして ld-elf.so.1 は identical だとか警告が出たのに強行して /jail に install -c したところ、ダイナミックリンクなプログラムを実行しようとすると

ELF interpreter /usr/libexec/ld-elf.so.1 not found
Abort

というエラーが出るようになった。ldconfig -r してみるとどうも設定が飛んでいるみたいなのだが、どうやって復旧したらいいのかわからない。/var/run/ld-elf.so.hint や /var/run/ld.so.hint もファイルサイズが異様に小さい。scp もできず。ls や cat はできるが vi はできない(つまり /bin, /sbin の下にあるスタティックリンクされたバイナリは実行できる)。

ちょっとこういう状態が長く続くと困るので、根負けして再インストールしてしまった(なので今日は相当敗北した気分)。あー、ld(1) についてもっと学ぼう……。

インストールに使うフロッピー(fixit.flp も今回初めて作ったんで kern.flp と mfsroot.flp の3枚)を用意するとき、fdformat するとバッドセクタが続出。1回では諦めず2回3回とやってみたが、3回やっても read/write エラーしてしまうのは廃棄した。3枚使えるのを揃えるのに7枚くらい捨てた。思えば兄が PC9801 を購入したときのものなので、もう5年か6年前のものだ。使えなくて当たり前か。相談員をしていても FDD が読めないと言われたら(だいたい高校で使っていたフロッピーだったりする)まず再フォーマットしてから使ってもらうからなあ。

それはさておき、今日は S が昨日こどものおもちゃを全巻揃えてくれたので、一気に読んだ。コメントは……やめておこう。しかし今日か明日、時間なければ明後日にでも、もう1回読むつもり。しかし最近2回読もうと思った漫画なんて久しぶりだ。なんか自分と似ているからかな……いや、あんま書かんとこ。でも自分が小学生/中学生だったころはもっと脳天気で馬鹿だったと思う。まだ分かんないことだらけだしなー。

明日は早起きするのでもう寝よう。では。

本日の廃棄 FD 率:
70%

2月18日×読むということ

あれー、眠たかったのにこんな時間までだらだらと起きてしまった(現在6時)。結局 PC98 形式の HDD は AT 互換機では読めず、HDD にインストーラフロッピーを dd したがこれもブートできず。MS-DOS のフロッピーを探したら、この前兄に勝手に段ボール箱に詰められて「これ全部お前のだよな」と確認取られたものの中にフロッピーがあったことを思い出す。これを思い出すまで探すのに1時間くらいかかった。12時だったが兄は帰ってきているので叩き起こそうかと思ったが、寝室のドアを開けると疲れていたのかいびきをかいて寝ていたのでそっと外に出た。たぶん屋根裏部屋に入っているので(というかそこと外の物置以外全部探した)、場所が分かっても夜遅くて音がするから開けられなそうだったし。

というわけで、O 島にメール。そういえば去年もセンターの日だったか国立2次試験の日だったかに O 島の家に行ってインストールさせてもらったような気が。んで、なぜか FreeBSD の CD-ROM を忘れていってなぜか Plamo Linux の CD-ROM を持っていたので Plamo/98 を入れてしまったという暗い過去がある :-p

そのとき 400MB ある HDD のうち、50MB を DOS に、その他を Linux 用に切ったのだが、なにしろ去年は Linux に嫌悪感を抱いていたのでどうにかして FreeBSD(98) にできないかと苦心したものだ。CD-ROM が使えて NIC も使えるのだが FDD が使えない、さあどうしたものかと思っていた矢先、あまり記憶にないのだがもう一つ 500MB の HDD を買ってきてこっちのパーティションを操作していたつもりで Linux の入ったパーティションをふっ飛ばしてしまったのであった。普通なら FDD で起動してそ知らぬ顔で復旧するのだが、事情が事情なのでそういうわけにもいかず、先日 H くんにその HDD を託すまで長い間放置してあった(でも休みごとになんとかならないものかと触っていた)のだ。

思えばなんであんなに Linux が嫌だったかというと、なぜかインストールしたら勝手に vi が日本語対応(今考えたらあれば jelvis か?)で Canna が動いていたというのが気持ち悪かったというのが大きかったように思う。フォントも AT 互換機で見るのと違ったし(まあ、これは FreeBSD でもフォントに関しては同じだということが今日分かった)。あとは家にある Linux がそれだけなので、容量的にあまりコンパイルできないだろうから不便しそうだというのもあったかな(FreeBSD なら packages がある)。これも今になってみると NFS すればいいんだしとか分かるのだが、1年前は右も左も分からなかったし……。

# less は使ってたが vi 使ってなかったので文字どおり右も左も分からなかった :-p

とはいえ、titana に RedHat や Vine が入って、z50 に Linux-VR が入るようになって身の回りの Linux 率が否応なく上がると、人間自分のことは都合よく合理化するもので、あまり Linux が増殖するのにも抵抗がなくなった。あのまま文句言わずに Plamo/98 で使っておけばよかったのにと思う。まあ、ブート不能になるのが恐くて kernel をアップグレードできなさそうだけど。それにしてもあれが Linux だったらよかったのに、もったいないことをした。不可抗力以外で Linux を入れることはない(つまり自発的に入れるなら FreeBSD や NetBSD など別なのが入るに違いない)と思うので、惜しいチャンスを逃したものだ。

しかし最近自分が文章を書いているといつも vi(jvim + WXG) な気もする。メールとニューズは別(Emacs + Daredevil SKK)だが。この日記も自分の vi 化に一役買っている。しっかし Wanderlust のせいで Emacs から抜けられないのって、Wanderlust が使い易すぎるせいもあるけど、Outlook Express のせいで Windows から抜けられなかった時代の自分のことを思い出してちょっと気が滅入る。思い切って全部いったん捨てたらなんのことはなくて FreeBSD 使うようになったのと同じで、一度きれいさっぱり捨てたほうがいいんだろうか?

それにしても RV(reverse video) に vi はよく似合う。というかコンソールに似合いすぎ。XEmacs や Emacs 21 とまではいかなくても、Emacs ってヴィジュアル系? vi って VIsual editor の意味なわけだよねー、とか言ってもしょうがないか……。

つらつらと考えてみるに、なんでこんなに vi フリークになったのかというと(おお、もう既成事実になってしまった)、Emacs は Emacs 20 が自分にとってはネイティブなのに、貧弱な環境で SKK を動かすことに専心するあまり、とうとう Nemacs まで動かせるようになったが、そこまでしてわざわざ重い Emacs + 重い SKK を使うこともないだろう、と感じてしまったからのようだ。まあ SKK 4.30 with Nemacs 3.3.2 って、Linux-VR (周波数的には Pentium クラス)で使うぶんにも十分過ぎるほど軽快だけど、それを追い求めることによってけっこうなものを失ってしまうように思った。まあ全部を満足することは一般に難しいんだろうけど、メイン環境の Emacs 20 と学校で使う Mule based on Emacs 19 の間でもだいぶ関数とかキーアサインとか違うのに、さらに Nemacs based on Emacs 18 でそのどちらとも違うキーアサインだったりどちらにもある機能がなかったりとちょっと耐えられないところがある。これなら Jed でもいいじゃん(SKK on Jed あるし)という考えが自分の頭をよぎった瞬間、それならこういう環境でまで Emacs にこだわることもないなと思った次第。

そうか、いま Emacs を使わなくていいと思うようになった最大の理由が分かった。Linux-VR や NetBSD/hpcmips で Emacs 使っていると、右 Alt キーが使えないからだ(たぶんちゃんと設定すれば使えるとは思うけど)。M-x のときは特に Meta キーとして Alt を使うくせがついているので、どうせ Esc 打つなら vi にしてしまえ、ということに違いない。ちなみに Esc は C-[ で出すこともあれば、真面目に Esc キーまで手を伸ばすこともあります。んでこの Alt ってのが Thinkpad では適当な大きさなのでして。Alt キーがその他のアルファベットキーと同じ大きさだったりするとそれだけで Emacs を操作する手が鈍るほうなので、これはそうとう大きな問題。

最近の物欲。

HDD はやっぱ欲しいかな。何 GB の壁だー、っていちいち気にするの面倒なので 8GB 以下の適当なお大きさのがないかなー。あとあまり大きいと使い切る前に HDD の寿命が来そうだし、第一あふれそうにならないと整理しないし :-p

そうだそうだ、今日の TODO。選挙に行く。では see you again.

とか書きつつ、某掲示板で Y 氏の書き込みに返信したらタイトルと名前が化けたので対処しようとしたところ、操作を間違えてだいぶはまる。jail に関して調べて書き込んだのが9時ごろで、対策が終わったのが10時半ごろ。DB_File でなく NDBM だったり、操作するためのインタフェースが違ったり(典型的には引数が違った)、かなり苦労した。特に HTTP で送るとき環境変数に値を入れるのを & でなく + (これはスペースに変換されてスクリプトに渡される)と書いていたので発見に手間取った。DB のエントリを全部 foreach で表示させたら解決したんだけど、操作用のスクリプトを別に置いておいたほうがよかったかもしれない(外からは実行できないようにして)。

直ったのはよいが、そこでどうして化けたんだろうかと調べてみた。文字面を見ると JIS で書かれているのにそのまま EUC だと思って表示しているようだった。それで Netscape Navigator で書き込みを見てみると、元の Y 氏の書き込みが JIS でなされていたようで、それに引っ張られて自分の書き込みも JIS になってしまっていたようだ。2人の書き込みは Emacs で開いて EUC に変換しておいた。HTML だけなら ISO-2022-JP にしてしまえというところなのだが、Perl で処理することが前提なのでやはり EUC が便利か、というところに落ち着く。

それで日本語の書き込みの部分は全部 jcode.pl を使って変換しているのに変だ、と思い、最近の Perl スクリプトでは日本語のコード変換は NKF.pm で行っているのでそちらに統一することにした。jcode.pl って書き方面倒だし、NKF.pm の簡明さには叶わないだろう。一見したところ、化けなくなったようだ(でもこれまでも化けていなかったわけだし、原因は不明)。

Apache のログの置き方、どうすれば見やすいかつらつらと考える。べたっと全部同じディレクトリにあるのはあんまりだけど、ディレクトリの最少単位は月で分けたほうがいいか、それとも週や日の単位で分けたほうがいいか、など。アクセスの量にもよるかな。月単位だと結構大きくなるしなー。

選挙に行ってきた。8時までやっていたようだ。母は土曜が夜勤だったので一日中寝ていた(午前中は教会に行っていたけど)。

Software Design の今月号が出ていたので購入。UNIX Magazine も置いてあったので立ち読みする。Servlet と JSP っていまいち違いが分からなかった(というか Servlet がどんなのかは見ていたので、あまり興味がなかった)が、JSP というのは Servlet とは趣を異にするもんだと発見。ちょっとやってみようかという気になる。個人的には Perl のような雑多さが好きなんだけど、HTML の中に Java のコードが書けるというのはそれはそれでいいなあ。さすがに IIS 使う気はないので ASP はどうでもいいけど、JScript の他に VBScript も使えるのね。でもやっぱ Perl がいいなあ……。

# foo() or die "Jesus!"; とか bar() if ($x eq "true") とか

弟 M が完全に競馬から足を洗ったそうだ。洗ったというより、全く興味がなくなったらしい。顛末を簡単に書くと、

  1. 友人と府中の競馬場で待ち合わせたのだが、会えなかった
  2. 最初の2レースに300円ずつ賭けたが全く予想しなかった馬が来たのに万馬券にならず、おかしいと思ったら土曜のレースの競馬新聞を必死になって何時間も分析していた
  3. そんなわけで放心していたらおっちゃんに「おいそこのボウズ、お前はこんなところにいちゃいかんぞ。いい若いもんが時間を無駄にするな」と言われて自分のやっていたことが虚しくなった

ということのようだ。今日はフェブラリ S までいる予定だったが12時ごろ帰ってきたので不思議に思っていた。待ち合わせていた友人は賭けるべきお金のあてにしていたバイト代がちょっと遅くなったので、自宅の本を売って金策に走っていて遅れたらしい(それも涙ぐましいというかなんというか)。帰ってきてからその友人の携帯に電話したらそういうことということが分かり、原付でその友人が府中に向かっていることも教えてもらったが、もう一度競馬場に行く気力もなかったので、友人から予想してくれと頼まれていた1000円だけ全身全霊を賭けて予想したフェブラリ S に賭けてもらったそうだ。

そういえばこのところ毎日数時間競馬新聞とにらめっこして電卓片手に勝率を全部数え上げてた姿は一種異様だったが、そういう熱狂的な気持ちってふとしたことで醒めちゃったりするんだよね。

ちなみに土曜のレース、これも実際は終わっていた昨日の夜に2時間くらい必死になって予想していた分らしいが、帰ってきてから今日の朝刊で「答え合わせ」してみたら、買おうと思っていた5レース中2レースが的中していて、実際買っていたら5000円くらいの儲けになっていたはずらしい。フェブラリ S もマークしていたペリエがやってきたようで、頼まれた1000円は5000円になったので、全額友人に渡して競馬はいい思い出にしようということであった。なんか帰ってくるときあまりに「いったいなにしてんだ」って自問自答してぼーっとしてたら東京のほうまで乗り過ごしてしまったらしい。帰宅直後の抜け殻のような表情を見ていたらかわいそうだったなあ……。

話は変わるが、兄が突然 UNO を買ってきたので、8時から9時ごろまで兄弟4人で興じる。こういうふうに何の脈絡もなく遊び道具を買ってくるのは兄の傾向らしい(そういえばこの前もバイクが知らぬ間に増えていたっけ)。10回やって1位は4点、2位は2点、3位は1点、4位は0点でスコアをつけてみた。

J M M S
1回目 1 2 4 0
2回目 2 0 4 1
3回目 1 0 2 4
4回目 0 4 2 1
5回目 4 2 1 0
6回目 2 0 1 4
7回目 1 0 2 4
8回目 0 2 1 4
9回目 1 4 0 2
10回目 0 4 2 1
総得点 13 18 19 21

これに最後の回の1位の人は誰かから4点奪うことができて、2位の人は2点、というふうにして微調整したら、最終的には J:M:M:S = 13:20:20:18 ということになって、めでたく M 同士が1位で決着ということになりましたとさ :-)

この話には余談があって、このあと誰が風呂を沸かしに行くかというのを UNO のカードで2つの山を作ってどちらかからカードを1枚ずつ引いていって最初にワイルドカードのドローフォーを引いた人が沸かすということにしたら、こっちのほうが実際の UNO よりよほどスリルがあった :-p

本日の戦績:
10戦4敗

2月17日×青札

今日は自宅で眠っている PC9821 V200 に FreeBSD(98) を入れることを試みる。1.4MB のフロッピーイメージを用意してブートさせてみるが、2セクタ目でやはりエラーが出る。1.2MB フォーマットのほうもだめ。PC9801 のほうで手探りでやろうとしたが、こちらは mfsroot.flp を入れても読んでいないようだ(たぶんエラーで止まっているんだろうが、読めないので分からない)。

H くんに途中までインストールしてもらった HDD があるのでそちらを試してみた。おお、boot0 が動いている(でもデバイスは wd らしいぞ)。PC98 で動くカーネルがあればよいのだが、と思って探すが見当たらず。PC/AT 互換機で PC98 の HDD って読み書きできたっけ(逆はできるはず)。/stand が見えたのでこれは、と思ったが、/stand/sysinstall を読ませると、invalid format らしい。残念。雰囲気的に 4.x を入れようとして wd ドライバと ad ドライバを間違えたか、PC98 用じゃない CD-ROM を使ったか、かな。後者はなさそうだけど……。

起動に失敗する度に不安定になり、電源を何度も on/off しないといけないのが面倒なので諦めた。

弟 S は友人のアシスタントをしているようで、預かった原稿に昨日までせっせとペンを入れていたが、やっと終わったらしい。なにか締め切りがあるとかないとか。今日は母に頼んだキーボードが届いたと喜んでいた。でもでかくて部屋に置けないんじゃないか? 絵といい音楽といい、なんか創造的なことをしたいのかな。本人はオリジナリティないからただやりたいだけだ、なんて言っているが。

弟 M のほうは明日フェブラリ S があるとかで府中まで行くそうだ。12レースくらいあって、軍資金は5000円で1レース1000円ずつかけて楽しむらしい。競馬場も親子連れが多くてほのぼのしたところで、自分たち(高校生)がいても全然違和感ないとのこと。ま、馬事公苑も(競馬場じゃないけど)休日はそんな感じであった。あ、平日でもおじいちゃんおばあちゃんらしき人に連れられた子どもがけっこういたけど。

XLVNS で ToHeart が動くかと思ったが、なんかうまく行かなかったので Wine をコンパイルしてみた。ソースから入れる余力がなかったので ports からインストール。カーネルのコンフィグファイルに options USER_LDT を加え、こちらも再コンパイル。リブートしようかと思ったが、なぜかすごく疲労感があるのでもう寝よう。2時に起きたんだけど10時に寝たら8時間しか起きたことにならないじゃないか。ま、いっか。おやすみなさい。

本日の ports:
wine

2月16日×会議

2月3月の情報棟の開館日が書いてあった。水曜日センターの方に伺ったら3月6日に授業をやるかもしれないという先生がいらして、その関係で昨日までリンクが切れていた。木曜の会議で開館日程が決まるということだったので、さっそく更新してくださったようだ。ありがとうございます。春休みの開館日程についても相談が3件ほどありまして……

掲示板のスクリプトをさらにいじってみた。cp1 のほうの掲示板はバージョン1系列、自分のところの掲示板はバージョン2系列になる。2で実験して1にコミットした。久しぶりに Netscape Navigator を使って自分のページを見てみたところ、枝が深くなると相当見苦しいことが発覚したので、これまでの UL を使ってツリーを作る方針から、PRE を使って整形する方針に転換した。HTML の論理構造はだいぶ犠牲になるが、こっちのほうがいいのだろうか? 大きなディスプレイでみていると枝が深くなっても見づらくなることはあまり分からなかったり。やはりチェックはしてみるものだということかな。

そういえば bit が休刊するらしい。スクリプトの座談会が始まったりして楽しみにしていたのだが。残念。

yc.el について、武者さんからフォローあり。旧 ports へのパッチという形の投稿。うーん、と唸ってしまった。自分の投稿は最新のソースではこうなっていて、今の ports ではその機能はまだ使えませんね、というだけの情報量しかなかったのに、武者さんの投稿ではしっかり ports でサポートすることを視野に入れている。やっぱ ports/packages の作り方を調べて貢献したいなあと思った一日でした。

試みに自分のページを CVS で管理するようにしてみた。public_html なるディレクトリは個々のアカウントにあるので CVSROOT はホームディレクトリに取る。checkout すると日付が変わってしまうのがちょっと嫌かも。とりあえずバックアップは tar で固めておいたけど……。

うーん、今日はいい天気だなー。快晴とはこういうことか。

11時半に家を出る。1時から会議なのでちょっと忙しい。田無駅でスピード写真を撮り、電車の中で 4x3cm に切って台紙に貼る。所属や学生証番号は分からなかったのでブランクにしておいた。JR に乗るのもあれなので今日は新宿から京王線を使ってみる。250円 + 150円 = 400円。こんなところかな。田無から快速急行に乗って駒場東大前に1時に着いたので時間的には JR 経由とほとんど変わらない。たまにはこういうのもいいかもしれない。

1時に着いてさっそく教務課に行ったら窓口は閉まっていた。1時半かららしい。会議が長引きそうだったら途中で抜けて、早く終わりそうだったらやってきて提出しよう。

会議は1時から3時までかかった。大枠は決定。あとは FMV をセットアップするだけかあ。

生協に PC カードを買いに行くついでに写真は提出した。PC コーナーでは PCMCIA で 2GB の HDD が売っていた。すごいなー。お目当ての 10BASE-T の NIC は品切れだったので取り寄せになった。火曜日以降入るらしい。

NIC を家から1枚持ってきていたと思いきや、忘れていた。ChobitBSD なんかを入れてみたが、pwd_mkdb していなかったのでシングルユーザモードに入れなかった。やっぱ HDD に入れたいよなあということでまた来週にしよう。

T さんが科哲で学生へ一斉に連絡する方法がないものか、ということだったので、それならメールがよいでしょう、と M さんと答えておいた。メールアドレスのデータを採取していないのでリストが完成していないようだが、事務連絡に限るといえば集まりそうではある。アドレス帳さえあれば作業的には30分もあれば十分だし。

勉強会は5時ごろから8時半まで。水曜の夜に開始時刻がいつか ML で訊いたのだが、直前になっても誰からも返事がなかったのは、みんな何時に始まるか自信がなかったので返信しなかったようだ :-p

ちなみに来週の勉強会は3時かららしい。7時には終わることを目標としているようだ(S さんが用事あるということで)。

生活マシンも make installworld する。これで全部一応処置できたことになる。

なんか疲れた。もう寝よう。そういえば今日は1時間半しか寝ていなかったか。

本日の FD:
dialpao-picobsd.bin
boot1.fs
boot2.fs
bootlap1.fs
bootlap2.fs

2月15日×春休み

つい最近気がついたのだが、いつも Wanderlust を使うときは Emacs 20.7 と SKK 10.x を使っているのに、w3m から起動される Emacs は Emacs 21 で Daredevil SKK が動いているのであった。autofill のときの挙動が違ったり(Mule で使っているときに似ている; 日本語を入れていても一定の文字数に達すると改行される) kterm で使っていて色がついたりするので違いに気がついた。NICOLA 入れて親指シフトに挑戦してみるかな ;-) それより先に TUT-code のドライバ入れて SKK で使いたいところではある。

近ごろ考えていることを少々。

まず sodan のサーバ群の管理について。複数人で管理するので、/etc あたりを RCS か CVS で管理するのはどうかな? M くんは RCS で管理しないんですかぁ? みたいなこと言ってたので、きっと UTMC のサーバ群のほうは RCS が掘ってあるのだろう。W くんが CVS でもおっけーなら CVS かな。www のページ管理も CVS にしておけば憂いなしという感じ。

あと Nemacs でも思うが、SKK に慣れ過ぎていて他の IM を使おうという気にならないのが嫌になってきた。いや、そのまま使い続ければいいんだろうけど……。でも前も書いた通り vi の操作体系と波長が合わない気がする。この日記は1月分から全部 jvim で書いているのだが、基本は canna(というか WXG) で出ない文字は skkinput で出すという形で共存しているのだが、SKK がなにか違うような気がしてならない。Emacs 環境以外で使おうとしているのがいけないのかもしれないが、もっと別な IM を探したほうがいいのかもしれない。

上のことともちょっとかぶるが、*BSD や *Linux について。まだ UNIX も満足に使えているとは言い難いが、自分の中で「UNIX 以上」を求める力が不足してきているように思う。プログラマではないのでパッチを送りつけて開発者に、という感じではないし、どっちかといえば Linux-VR でもパッケージャになっているのだが、なんかこれも(というのはパッケージングするのが、というわけではなく)違う気がする。一時期 Plan 9 を入れようとしてどうしても入らないので諦めたが、春休み暇になったらまた挑戦するかな。それとも O くんみたく TRON の世界に入るとか :-) Linux でディストリビューションコレクターみたいなインストール狂にはなりたくないけど、どっかでくすぶっているなあ。

さてさて、1月から Linux 使うようになったり昔から Plan 9 に入れ込んだり(ってまだインストールもできてないけど)するの不思議に思ったあなた、それは正解です。どうしてそうなのかって? それは Linux が USAGI ということに気がついたからです。こんだけじゃ分かんない人は、*BSD では KAME です。ずっとこれ「けいむ」だと思っていたんだけど、「かめ」だったのね。Plan 9 のほうは、マスコットが rabbit でして(あまりかわいくないけど……)。そういうわけです(なんだかなー)。

自分の計算機環境の第一の故郷といえば間違いなく FreeBSD です。Windows98 とか Debian GNU/Linux とか RedHat とか Vine とかあったけど、計算機を使っていて幸せに思ったのは FreeBSD が初めてですね。もちろん原体験は Solaris (しかもあの殺風景な xdm) です。

Linux-VR はそれからすると第二の故郷という感じで、手作りっぽくてすごく居心地がよいです。i386 と違ってディストリビューションの差ってものがないのでえらく考えなくていいし、小さい中にあれ入れようか、これ入れようかと迷うのもけっこう好きだし(そこで小さく納める工夫とかもね)。z50 という稀な機体を買ってしまったのが運のつきというところでしょうかね? とはいえ、NetBSD/hpcmips の存在がなければ WindowsCE 機なんて買おうとも思わなかっただろうし、Linux-VR へ至るステップの一つとして *BSD があったことは幸運でした。

ここまで書いていてなに書いてんだろと自分でも分からなくなってきましたが、なんかよく分からないけど今の環境にちょっと引っかかるところがあって、なにが詰まっているのか知りたいのでちょっと現状の確認などしてみました。ほんと、なんじゃろねえ?

それはさておき、FMV-425 に Linux なり *BSD なりインストールできないと、まず目先の仕事もできないではないか。昨日も M さんからその話をされたばかりだし……。やはり学校に行って作業かなぁ。試験が終わってもやっぱ学校なのねー。

そういえば LeafBSD なるものがあるらしい。この前 www の生ログを見ていて発見した。ちょっと興味があったり……(嘘) いえっ、嘘じゃないですっ。すっ、すみません〜〜(まるち風に)

やっぱり寝過ごしてしまった。散髪には行ってきたのだが、写真は明日撮ろう。帰り途ふと横を見たら道路の標識が西東京市という表示に変わっていた。その割に住所表示が田無市のままだったりしてちょっと間抜けだけど ;-p

西東京市といえば、新市長選挙が来週の日曜日にある。結果は明白だけど、一応新旧両市長の対決という形になるのかな。福島大学だかの名誉教授と助産婦の人も立候補しているが、どうなることやら。

S が吉住渉のミントな僕らを持っていたので、読む。爆笑ものの内容でおもしろかった。ラストもいい感じで。ただ6巻あるうちの3巻から登場人物が増え過ぎで整理できてないようだった。くっついたり離れたりで、中嶋先生じゃないけどビバヒルか?! と思ったのであった :-p

科哲のサーバ関連の会議は明日の1時からに決定した。インストール自体をするかどうかは分からないが、夜更かししないで寝ないと。

ちょっと思い立って自分の PC から出ているパケットを解析したら、POP だと当然のことながらパスワードが生で流れていた。けっこう恐かった。コマンド一つで見えてしまうんだなあ。ユーザ名も当たり前のように平文で見えるし、これじゃほとんど意味ないじゃん。かといってプロバイダのメールは POP にしか対応していないので、やっぱ PGP 使って暗号化しないとね、というところか。せめて APOP にしてほしいところ(それでも認証が暗号化されるだけで、メールの本体は盗聴可能だけどさ)。直接プロバイダにダイヤルアップして読んでいるなら外にパケット行っていないんだろうけど、インターネット越しにメールサーバに接続していたらなにがあるか分からないしなー。

明日は PC9821 に FreeBSD(98) 入れるのを試してみよう。I さんにこの間の火曜日聞いたところによると、1.2MB のフォーマットだと、PC/AT 互換機と PC98x1 とで FDD の回転数が違ったりセクタ数が違ったりで互換性がないかもしれない、ということであった。1.4MB のインストーラも(この前自分で試行錯誤したときはまだ存在しなかった)あるようだし、ちょっと挑戦してみるか。最近ネットワークインストールしかしてないけど、今回も CD-ROM が動かなそうなので、NFS か ftp サーバ立てて入れることになりそう。

暖かくなったら、現在のようにノート PC に X 飛ばして操作するような形でなく、デスクトップで操作するような形に戻したいところ。その第一段階としてこの PC9821 が使えるようになってほしいなあ。CPU 的には現在の cipher(MMX Pentium 233MHz) とほとんど変わらない(MMX Pentium 200MHz)し、DIMM のスロットも1バンクあるので 128MB あたりを挿せば同じように使えるだろう。む、そういえば PCI スロットが1つしかない(2つあるがグラフィックカード以外は挿せないみたい)ので、NIC を2枚使うのであれば C バス用のを買わないとだめかな。ADSL モデムが来たら USB 接続らしいので問題ないんだけど、それまではどうするか……。ちゃんと PPPoE できるように調べておかないとな。

FreeBSD-users-jp ML で tamago やら canna やらのことが話題になっていて、/usr/ports/japanese/yc.el を使うという解があるという投稿があったが、ports に入っているのは1999年の終わりのもので2000年1月に fence mode が使えるようになったようなので、投稿してみたり。fj.comp.input-method のほうも思い出したのでフォローをつける。SKK と leim って共存できるのかなって思っていたら、あっさり共存できた。yc.el の fence mode と leim は共存できないみたい(というか C-\ の toggle-input-method 使っているのでどっちかしか on/off できない)。

本日の起床時刻:
18:00(1日終わっている……)

2月14日×サイエンス・ウォーズ

科学史の試験が迫っていることは知っていたのだが、風呂に入って布団で横になったら知らぬ間に意識が消えていた。なぜ?

10時に起きたのでせっせと昨日買ったテキストを読む。2時が試験なので、1時には読み終えるペースじゃないと間に合わない、などと計算しながら読むが、上巻400ページを読み終わったらもう12時になっていた。下巻の目次を見ると最初の章だけが今回の講義の内容に関係あったので、他の章は省略した。また、上巻と下巻全部見てもアジアでの科学の受容やら現在の科学技術が持つ問題点などの話はなかったので、前そんなことが書いてあったと記憶にある S 先生の岩波新書のほうを鞄に入れて出発。

1000円札の自販機が認識してくれなかったので手間取りつつ、パスネットを購入。券売機に表裏逆にして差し込んではまりながらも無事乗車券を買い、12時半発の電車に乗って車内で新書のほうを読む。渋谷でもパスネットを使うが、パスネットが使える券売機が1つしかなくて困った。後で I さんからメールがあって、そのまま自動改札機に投入しても使えるものだそうだ。うーん、そうであったか(いやに面倒なものだと思っていたが、そうではなかったようだ)。

学校について M くんからもらった講義のガイドラインを HTML に清書して、プリントアウト。とはいえ、Word のファイルを開いてじっくり見たら、前 I くんに勉強会の直前に写させてもらったものと全く同じだったので、確認用ということではある。切羽詰まっていたので某 FAQ の Netscape のプロキシが壊れる件、印刷されたプリントを指差して、「あの通り対処してください」と言ってしまったのが悔やまれる。いつもならちゃんと見てあげるのになぁ……。反省。その後質問を受けると本が読めなくなるので場所を移す。

科学論入門も読み終わって教室に行く。2時15分前であった(遅刻するかと思っていたが)。I くんに頼まれていた勉強会のプリントを渡す。前回 S さんが1回で終わらなかったので、1回ずつずれる予定、と伝えると、もしかしたら I くんの担当部分ができなくなるかも、ということだったので、やれる日を聞いてちょうどやってきた F さんにその担当を訊くと、M くんの担当箇所らしい。じゃあ後は彼らが調整することかな?

試験に出たら意外と内容は簡単だった。さっさと書いて提出してから時計を見ると、3時だった。90分使っていい試験だったので、30分余ったことになる。ちゃんと試験に出てよかった。しかし選択問題のうち最後の問題、サイエンス・ウォーズについて思うところを述べよ、とあったの、哲学側と科学側の対立を声高に叫ぶほど哲学から科学への説明責任、科学から哲学への説明責任としてのみ捉えられてしまうので、そうではなく専門家である以上自分の分野以外の人へは説明責任があるのだし、自分も他の分野では門外漢であるのだから専門家へ説明を求め、一種のインフォームドコンセントを達成すべきだという筋で書いたが(15行以内で書け、とあったので、15行ぴったりだった)、サイエンス・ウォーズについて日本で出ている有名な本2冊もまだ読んでいないので冷や汗ものであった。この春休みにはちゃんと読もう。この前の科哲の新歓コンパでもサイエンス・ウォーズの本のことが(サイエンス・ウォーズのことが、でなく)話題になっていたので、自分の不見識を恥じるのみ。

さて、これで今学期の試験はすべて終了。あとはレポートが二三本。がんばりましょか。

今日も O くんが来るということだったので南棟の 3F を覗いてみると、鍵も閉まっていた。titana に入ってみると jack くんの xinit が上がっているので write してみたが返事がないのでよくよく見ると、昨日の8時にログインされたまま放置されているようだった。auto logout が利いていないようだ :-p

OpenSSH の SA が出ていたのでそそくさと各地の入れ直し。3.4-RELEASE な環境もあったりするのでちょっと気になったり。ports から入れようとしたら system too old と言われたのでいっそのこと upgrade しようかと思ったが、3-stable にするあたりで妥協する。screen を立ち上げて make かけて抜けようと思ったのだが、screen も入っていない。こちらの ports も動かなかった :-( ports tree だけ2月4日にアップデートした形跡があったのだが、本体が stable でないといかんらしい。

また溜まったメールとニューズの山を読んだり。なんかこんなことで毎日が忙殺されているような気がする。しかし今日科学史の試験を受けても思ったが、メールやニューズを読み書きすることで、一定の時間内に適当な長さの文章を書くことは非常に得意になった気がする。もっともこれは読み書きする副産物ではあるのだが :-)

今某所の mergemaster などしたところ。あとはリブートかいね。

お、もう帰りなさいコールが。しかし思い出したので、忘れないうちに書いておくと、来年度の証明書用の写真をまだ出していないので、15日までに提出せねばならない。って、明日ぢゃないか。今日で学校終わったと思っていたのに……。なんか定期買っておけばよかったかもとちょっと後悔。

www.sodan は 4.2-STABLE に upgrade 完了。自宅も完了。あとは某所だな。もう情報棟も閉まるんだし、終わってくれようー。bg するか…… :-p

情報棟を出たら雪が舞っていた。高田馬場経由で帰っても500円取られるし、かといって明大前で乗り換えて新宿に行ってもやはりかなり取られるので、吉祥寺からバスに乗って帰ることにした。確か向台町5丁目行きの最終バスは10時だったような気がする。

9時半に吉祥寺に着くと、バスはすぐ来た。雪は多少強くなった感じ。昔吉祥寺の日能研に通っていたころ(小6の夏休み)以来なのでいくらか分からず、小銭を用意したところ、運賃は210円であった。これでも吉祥寺から駒場東大前までの170円と合わせて380円。日ごろいかに高い運賃を払って学校に来ているのか身にしみた。

バスに乗るとだいたい45分で向台町5丁目まで着く。冬だからよいようなものの、これが夏なら絶対バスなどに乗ろうとは思わなかっただろう。今日も小金井公園から向台町5丁目まで数分だったが、最後乗ってきて気持ち悪くなった。バスはガソリンの臭いが嫌なのかどうか分からないが、とにかく空気が悪いので長時間乗るとすぐに吐き気を催す。高校時代時間がないときは田無駅からひばりが丘や保谷行きのバスに乗ることがあったが(あのころはまだ所沢経由で江古田まで通っていた)、何回か途中で気持ち悪くなって降りて歩いた。密室がいけないのか? とにかく煙草にせよ咳にせよ暖房にせよ、空気が悪いのはどうもかなわない…… :-(

そういえば昨日初めて知ったのだが、兄が高校のとき新聞配達のバイトを始めたきっかけは、その当時ようこそようこの LD が7万円くらいしたので、それを買おうとしたことだという。結局ようこそようこの LD を買うことはなかったが、その後兄の人生がそこで大きく変わったような気がする。LD プレーヤーも倉庫のどこかにあるはずだが、兄曰くもう動かないそうだ(でも試していない)。弟たちはようこそようこの主題歌を聴かせても不思議な顔をしていた。さすがに覚えていないか :-)

某所の installworld およびカーネルのインストール、そして mergemaster は終わったのだが、リブートするとなんか NAT が動いていないっぽい。自分は ipfw + natd な人間なもので、ipf + ipnat な環境はよく分からないのだが、どうもカーネルに組み込んだのが動いていないようだ。ipfstat してもフィルタリングの様子が出ないし、ipnat してもルールが追加されない。Errata やリリースノートにはそれっぽいことは書いていなかったのだが、あんまり止めるのもいけないので30分くらい調べて前のカーネルに戻してしまった。ユーザランドは 3-stable になってしまったがそのままつつがなく動いているようだ。謎。4-stable の ipfw は UPDATING に記載があったので気をつけたが、ipf については(というか 3-stable には UPDATING で注意点が書いていない)なにもなかったのだが。今度サーバ群を総点検するときにカーネルを作り直そう。

# or upgrade to 4-stable ;-p

なんか Vine-users ML で Sylpheed(Vine 標準添付らしい……びっくり)を使っている人が、日付が古いメールを消すツールかクライアントを探しているのだが、という話題があり、Sylpheed ってそういうオプションなかったっけ(少なくとも OE にはあったような)と思い、sylpheed を起動してみる。0.4.51 が入っていた。むむう、そんなオプションは見当たらない。幻影だったか? 最新版を取ってきて再挑戦。0.4.61 であった。bzip2 のほうを取ってきた。余談だが、bzip2 は FreeBSD 付属の tar だと y オプションで展開できるのだが(つまり tar.bz2 は tar yxf hoge.tar.bz2 とすればよい)、GNU tar だとこれば B オプションだったりする。さらに学校の Solaris だと tar が bzip2 に対応していないので bzip2 -cd hoge.tar.bz2 | tar xf - と全部打たないといけないから、また面倒。せめて tar.gz を展開するときのようにオプションは統一してほしい :-O

おっと、本筋を忘れるところであった。0.4.61 にしたところ、別になにも変わったようなところはない。オプションも変わらず。というわけで、日付で古いのが消したかったら Wanderlust を使いましょう :-) きっと幸せになれるでしょう。とはいえ、自分も学校やら家やらで同じものを POP で取り込むのは面倒だし無駄なのでもっぱら自宅に ssh かけて読んでいます。IMAP を立てればよい、みたいなフォローもついていましたが、そんなのより ssh 使ってリモートのクライアントで読むほうが幸福度高いし ;-)

そうそう、顔写真のこと紙を確認したら金曜まで提出なので、別に明日でなくてもよいみたいだ。しかしすごく忘れそうなので、覚えていたら明日提出したほうがよさそう。(覚えていますように)

しかし M は明日ロードレースだというのに、雪が積もったらどうするんだ? どれどれ……積もっていないみたい。あるのかな? 雪の降り具合をちらっと見て「これはある!」と確信して寝たようだけど、彼の予想は当たってそうだ :-p

本日のツール:
mergemaster(3.4-RELEASE のは merge したあと v で merge 後のファイルが見られなかったので不便だった)

2月13日×最後の勤務

いよいよ今学期最後の勤務。出かける前 D さんに電話。教養学部後期の便覧を見て、電話番号を調べて(K 先生からすれ違わないように必ず電話してということであったので)2時半にアポイントをつける。

1時半に家を出る。午前中ちょっと天気が悪かったが、ちょうど出かけるときは晴れていたので南から行くことにする。先週学校に来たときはマフラーなしで出かけてそれにも気がつかないくらい暖かかったが、今日は自然とマフラーに手が伸びた。

武蔵境と吉祥寺に向かう別れ道で、毎回武蔵境も飽きるので吉祥寺経由にしてみる。2時半に約束を設定してしまったので時間が多少気になるところではある。

東急横の自転車置き場に止めようとするとなんだかいつも入っている入り口が使えず、入れるところは1ヶ所しか開いていない。不審に思ったが奥のほうに止め、人だけ通れる通用口から出て振り返ってみると、なにやら貼り紙がしてある。

この駐輪場はお客様専用です。それ以外の方の使用はご遠慮ください。お帰りになるときレシートを拝見させていただきます。

うーん、もう出てしまったからちょっと困りもの。しかも今情報棟で8時だし……。9時まで開いているのでレシートはもらえるはずだけど、レストランしか開いていなかったりするんじゃあ……。

そんなことを思いつつ学校に着く。2時25分。ちょうどよいころ合い。1時間かかるかそこらで着くんだな。

14号館の D さんのところへ行く。ViaVoice を返却する。K 先生から頼まれたテープ起こしのバイト代の振込先を書いたり。

北棟で勤務した曜日の判を押し、今月分の給与明細を受け取る。月10000円くらい。確定申告もしないと。

入出力室に入ると D くんと H くんがいる。ノート PC が起動途中で止まる(がなにかキーを押すと立ち上がる)という相談を受け、D くんや H くんの力を借りて Step-by-Step モードで起動したりしてどこで止まるか確かめる。C:\PROGRA~1\SMANTEC\SYMEVNT.386 というファイルを読み込んだところで止まる。win.ini とか autoexec.bat とか調べたり、SYMEVNT.386 で全文検索したりするが、どこで呼ばれているのか全く分からない。30分くらいあーだこーだして、最後の手段と web で SYMEVNT.386 を検索したらあっさり解決した。なにやら C:\WINDOWS\SYSTEM に dll と vxd と 386 ファイルがあるのでそれを C:\PROGRA~1\SYMANTEC にコピーせよとのこと。FAQ らしい? その通りにしたらスムーズに起動するようになった。Norton 関係のファイルらしい。

おおっと、昨日は帰ってきてすぐ布団に入ったらそのまま寝てしまった。

ということで続き。勤務していると、I さんがやってきたので話を聞いたり。中国語の少女漫画を見せてもらったり(でも昔 O 島がふしぎ遊戯中国語版を買ってきていた気がする)。カセットレコーダを1270円で譲ってもらう。この前テープ起こしのとき小さなレコーダがなくて苦労したからなぁ。

定期がないので吉祥寺から来てます、なんて話をしたら、パスネットなるカードが売っていることを教えてもらう。便利そうなので買ってみることにする。

目の前で自宅に ssh して Wanderlust で SKK 使ってニューズ書くところをデモンストレーションしたり。ただ I さんはもじらな方で、さっきも 3F で Netscape Communicator 4.75 をダウンロードしていたらしい。ブックマークの文字化けの件はパッチを当てたら問題なかったようだ。fj.education で I さんの記事に目の前でフォローするところもお見せしました ;-)

www.sodan でプリンタの FAQ が読めなくなっていた件を伺うと、printer.html というのは SSI を使って書いていたそうで、いつからか *.html を SSI と見なさないようになったのでちゃんと表示されなかったのかもしれないとのこと。printer.html → printer.shtml とリンク貼って shtml のほうをロードしたらちゃんと見える。printer.html にリンク貼っているページを全部書き換えるという手もあったが、面倒なので *.html を SSI として解釈するように httpd.conf を修正した。OS が変わったときからかも、ということなので、足かけ丸1年見えなかったということだろうか :-p

6時半には生協が閉まってしまうので、明日の S 先生の科学史概論の試験用にテキストを購入に走る。科学革命の歴史構造、上下2巻。2500円した。けっこう痛い。

8時ごろ情報棟を後にしようと3階に行くと、O くんがいた。J-Right/V で NIC が使えるようになったらしい。3Com の 905(対応しているというのに動かなかったらしい) でなく 509 のバルクを2000円で買ってきて差したら動いたようだ。titana からアプレットを操作するデモを見せてくれた :-)

帰り吉祥寺で降り、東急横の自転車置き場に行ってみると、門番の人がいなかったのですかさず自転車に乗って走り去る。スターバックスの人が怪訝な顔をしていたので(そsりゃ9時半にもなっているんだから当然か : 東急本体は閉まっているし)、スリル満点だった ;-)

途中ブックステーション(註 : 大きな古本屋で、吉祥寺周辺に何店舗もある……弟 S に言わせると漫画が1冊200円で「高い」らしい)に寄り、久しぶりに古本を見てみたり。うーん、こういうところに来ると物欲が……。Linux -- operating system なる本(原書)が1500円で売られていたので、つい買おうとしてしまったが、重たいし思いとどまった。代わりに400円で売っていた BSD の256倍本を買った。スタンプを押してもらうためにあと100円買おうかとしてこどちゃの1巻を手に取ったが、ここは S に買わせないと破産するので元に戻す :-p

家に買えると M はまたせっせと鶴を折っていたとさ……。

本日の収穫:
BSD を256倍使うための本

2月12日×レポート

書き始め……たいところだ(うーん)。

Emacsen でフランス語と日本語を混在して入れたいのだが、XEmacs で言語の切り替えの際に毎回 M-x select-input-method とやるのはあまりに面倒だ、という質問が fj.comp.input-method と fj.editor.xemacs にクロスポストされていた。あまりに状況が yc.el 向けだったので(というか boiled-*)、yc.el を紹介しておいた。

と、投稿してから yc.el のページを見たら、XEmacs でも動作確認しているが基本的に FSF Emacs で開発しているのでまともに動かないかもしれない、とあった。一応フォローしておこうかと思って Emacs 20/21 で yc.el と leim を使って日本語・フランス語混在させる実験。leim つきで Emacs コンパイルしていなかったので leim 取ってきて入れる。実験。うむ、フランス語を入れてみる。アクサンも入る。で、ローマ字を入れて変換。おっけー。これなら C-\ 押す必要もないし、ましてや M-x set-input-method(コマンドが違う) をする必要もない。便利なものだ。

弟 M がこれまで14日がロードレースの日だということで体調を整えていたのだが、今日それを聞いて「バレンタインだなあ」とつぶやいたら、そんなわけないという。よくよく調べてみると、ロードレースの日は15日木曜日だったようだ。3日後なら今日走っておかないと、ということで、ついさっき(7時ごろ)シャワーを浴びてしまったにもかかわらずこれから走ってくるらしい。風邪引きそう……。

犬夜叉のアニメを見た。犬夜叉が山口勝平で桔梗が日高のり子(しかも原作高橋留美子)というのもなんだかなぁと思ったが、おもしろかった。漫画も真面目に読んでいなかったが、こんな話だったっけ? アニメのほうが筋がちゃんと分かってよく作られている(弟 S と同意見)。普段はこんな時間に家にはいないから見ていないのだが ;-)

やはり Nemacs で SKK を動かす案は捨て難いので、ちょっといろんなところを徘徊。yc.el は Emacs 20 以上対応なので、Nemacs で動かそうかとちょっとがんばってみたが、プリミティブからしてない(add-hook とか propertize とか)ので30分ほど見て諦めた。やはり Canna はちょっと変換効率悪いし。

まず龍谷大学のサーバに SKK 2.x のアーカイブがあったので、拾ってきて展開する。入力時の補完(TAB)がもう使えるようになっている(もっと後のバージョンで使えるようになった機能かと思っていた)と ReadMe にあったので期待したが、キーを打った瞬間には打った文字が見えない(これ以降の SKK だと例えば「ni」と打ったときまず「n」が表示されてから「に」となる)。vim のマクロで SKK を使えるように試みたときもこの挙動が気になったので止めた経緯もあり、2.x を使うのは断念した。

次に SKK 4.3 の elc が転がっていたので使ってみる。うむ、これは autofill も期待通りの挙動だし、よさそう。が、elc しかなく、ソースがない。これじゃあんまりなのでちょっと保留。

もうちょっと探していると SKK 8.6 が見つかる。これは tar ball のみ。XEmacs 関係らしい。これも展開してロードし、使ってみる。これは autofill の挙動が SKK 9.6 と同じ、つまり skk-mode に入って日本語対応してない auto-fill-mode に入った状態と同じ。これは使えないな。

とするとやはり SKK 4 で行くのが順当かと思ったが、そういえば linuxce-jp ML で Nemacs のコンパイルの仕方を教えてくれたいわながさんは Nemacs 添付の古い SKK を使っているとあったのを思い出し、そういえば自分も nemacs のソース持ってたよなと調べてみると:

> locate nemacs-3.3.2.tar.gz
/usr/trash/nemacs-3.3.2.tar.gz

おっ、見つかった(どうしてこんな場所にあるのかって? そういう細かいことは気にしないのだ :-) )。tar tvzf して中を見てみる。

> tar tvzf /usr/trash/nemacs-3.3.2.tar.gz | grep skk
-rw-r--r-- hasei/gnu   1679360   5/20 21:53 1991 nemacs-3.3.2/Nemacs.patches/skk4.30.tar
-rw-r--r-- hasei/gnu    839680   5/20 21:55 1991 nemacs-3.3.2/Nemacs.patches/skk3.tar

どうやら SKK 3 と 4.30 が入っているようだ。順に試してみよう。

SKK 4.30 がまともに動くのはすでに分かっていたので、3 を先に試してみる。うーむ、起動は軽い。だが、autofill で SKK 9.6 などと同じ問題を抱えている……。というわけで 4.30 で行くことに決定し、RPM 化する。入れてロードしてみる。か、軽い……。Daredevil SKK もいいんだけど、Daredevil は Nemacs の起動時に require して 0.5 秒ほど待たせるのと、C-x C-j で起動したとき 1 秒ちょい待たせるのが気になったが、SKK 4.30 ともなると起動が瞬間的でびっくり。これはよいのう。

しかし変換操作を繰り返しているとちょっと気になることが。どうも、SKK-JISYO.L を読んでいないっぽい。9.6 添付の skkserv の make には失敗したし、Cobalt Qube の SRPM から作り直したという skkserv も見当たらないし、4.30 付属の skkserv も make してみたがうまくいかない(コンパイル自体は通るが実行すると Segmentation fault になり、デバッグモードでも動作しない。ただヘルプは出る)。skkserv-cdb とか pskkserv とか rskkserv とかたくさんあるが、どれも追加パッケージが必要だったり CF 容量を圧迫したり、またはメモリを占領したりと嬉しくない。どうすべきだろう。

とりあえず SKK 4.30 付属の ReadMe を読むと、SKK-JISYO.? を ~/.skk-jisyo とリネームして使ってくれとある。もしくは skkserv を使うべし、だそうだ。また、SKK 9.6 付属の ReadMe を読むと、SKK 4 から 6 への変更として、システム辞書を置いてユーザ辞書と別にロードすることができるようになったのだとある。というわけで、SKK 6 が手に入ればそれが一番よいのだが、見当たらなかったら SKK 9.6 を参考に 4 にパッチ当てるかな。上記 skk4.3.tgz が落ちていたサイトによると本家 SKK ページには 6 が置いてあったらしいのだが、現在 SKK の開発は Openlab に移行してしまっているので、どうも見つからないのである。それまでのつなぎとしては SKK-JISYO.L を ~/.skk-jisyo にリネームして使っておこう。試しにやってみたら、Daredevil SKK などと比べ物にならないほど速くロードしている。このまま使ってもいいかなという気はするが、~/.skk-jisyo.BAK ができて(辞書学習用のバックアップ)、これが ~/.skk-jisyo とほとんど同じ大きさになってしまい、2.7MB も余分なファイルが占有するのは嬉しくないので、なんか対策をしたいところである。

なにか書こう書こうとは思っているのだが、試験やらレポートやらでいつも延ばしてしまう。忙しいとはいえ、覚えているうちに書かないと、ということもあったり。

おもちゃばこというのを公開してみたり。ただ単に自分が最近 RPM にパッケージングしたものが置いてあるだけです。SRPM 用にパッチやソースも置いてあるんだけど、まだ SRPM は転送してない。なんか noarch で RPM 作ると rpm -ba したとき最後 Segmentation fault になるのだけど、なぜだろう? APEL と SKK に関しても SRPM 作れたらよいのに……。

本日の IM:
yc.el
egg-wnn
french-postfix
SKK 2
SKK 3
SKK 4
SKK 8
SKK 9
SKK 10
Daredevil SKK (SKK 11)

2月11日×建国記念日

結局5時まで睡眠していてオープンソースまつりは寝過ごしてしまった。不覚。

兄がバイクを買ったらしい。120cc だそうだ。値段は知らず。20万円以上であることは確か。

Nemacs の上で SKK を動かしたいところだが、SKK 9.6 も Daredevil SKK も autofill 時の挙動が今ひとつ。どっちかまともなのができたら RPM 化しようと思っているのだが。

なぜか UTnet につなぐのがやたらと遅い。traceroute してみると、sinet の向こう、u-tokyo 内部で重くなっているらしい。攻撃されているのか、それともルータかなんかいかれたのか? とりあえず直ったので更新できるようになった。

本日の SKK:
SKK 9.6
SKK 10.61
Daredevil SKK 11.4
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Mamoru KOMACHI (Nara Institute of Science and Technology)
Last modified: Wednesday, 26-Aug-2009 14:39:37 JST