[ Top | Memo | Diary | Aerial ]

2001年7月下旬の出来事

[ ←7月中旬 | 8月上旬→ ]

Index


7月31日×懇親会

jvim-skkfep もなんかやっぱり使いにくいので、jvim_direct-canna にしてみる。WXG にしようかなあと思ったが、cannadic を入れて大幅に強化した cannaserver でがんばる。が、なんだこりゃ……最初に変換したときわざと外した候補を上げているとしか思えない。さすがに辞書を強化しているので何回か変換すれば目的のものにたどりつくんだけど。やっぱり WXG は賢いな。Wnn7 とか VJE-delta とか買うと幸せになれるのだろうか。とりあえず jvim で単語登録が簡単にできればいいんだけど。

packages から WXG を入れたので日本語入力が劇的に改善された。いや、hps の環境と同じになったから慣れた環境に移っただけかもしれないけど。12時から相談員部屋にこもり、1時に相談員勤務のため入出力室に入り、2時半にまた相談員部屋に引きこもって人間行動学のレポートをせっせと書く。丹野先生も授業中に言っていたように 95% 答えは教科書そのままなので、A4 7 枚といってもなんとかなった。提出期限は5時までだったが5時に相談員部屋を出発し、自転車で2号館へ(どこだ?)。ぎりぎりセーフで提出。

さてさて、そろそろ懇親会に行く時間だろうか。今日は madin さんに教えてもらいつつ大手町経由本郷三丁目で降りてみる。ううむ、こっちのが近いのかな?

6時30分に着いたらやはりというかまだ開いていなくてほとんど誰もいなかった。そこで madin さんと芝生のほうに行ったら彼女は蚊に十数箇所かまれていた。おいしそうだから……もとい、きっと血中の二酸化炭素濃度が高かったのだろう。

懇親会では delmonta さんや penny さんなどご無沙汰している方々に会えて楽しかった。お酒はあまり飲まなかったが、いっぱい食べて満足。ただなんか雰囲気がいつもと違ったような……?

garmy さんが 猫耳に反応 している。本来ならば懇親会のとき猫耳になる予定だった(そしたらきっと写真に残ったのに……)が、残念 ;-P ただ、なんか失礼なことされましたか、わたし?

帰ってきてから toshi さんや garmy さん、madin さんらと IRC や ICQ を交えて5時まで喋る。garmy さんは1時ごろ沈没したが、toshi さんも madin さんも元気だ……。特に madin さんはいつも4時過ぎまで同じようにチャットしているのに、なんで彼女は朝2限に間に合う時間に普通に来られるのだろう? すごすぎる。

# 毎日起きるのは早くて11時過ぎです :-D


7月30日×黒うにゅう

今日は madin さんがいたくお気に入りの黒うにゅうを ECCS で動かすことを画策。Python と gtk+、Mesa、それに gdk-pixbuf と imlib を入れる。make にけっこう時間がかかるが、make -j 6 を覚えたいまとなっては gtk+ ですら5分ほどでコンパイルできるのであまり苦痛でもない。ninix 自体は Python のライブラリのパスが通ったところにおけばあっさり起動。起動したらこんな感じである。

ninix screenshot

しかし penpen で make -j 4 したところ、cannot connect to jobserver とか言われて single CPU でしか make できないようである。設定が足りないのか? kernel 自体は SMP 対応のものなのだが、他に設定すべき場所があるのだろうか。これでは dual CPU でも全然意味ない……。

Linux-MC でとうとう PCMCIA の活線挿抜が復活し、さらに複数の IDE デバイスも使えるようになったらしい。PCMCIA は8月を最後に kernel 2.4.0test9 なんてのに移行していので、これまで抜いたらカーネルごと昇天するという代物だった。2.4.0test9 は i386 でも PCMCIA がまともに使えていない(抜くとカーネルパニック)バージョンだったようで、ようやく正常に戻ったというところか。最近のに sync up するとかいう話もときどきあるらしいが、結局のところ長いことこんな不思議なバージョンのままである。

また、カーネル周りでは、Kernel Floating Point Emulation も完璧になったので、X 関連の浮動小数点計算ごりごろするようなアプリもちゃんと動くようになったそうだ(使わんけど)。うーん、Windows CE 機を調達して戻りたいところだ……。

結局今回の退寮者は2名である。本日付で強制退寮勧告が出たので、3日以内、つまり8月2日までに出ないといけないそうだ。自業自得というか。昨日さらに2名退寮相当の注意を受けて退寮 queue に入った寮生がいるのだが、さすがに一度に4人はまずいというので稟議が通らず、観察処分ということになった。そちらの2名のほうは確かに態度に改善が見られ、寮に残りたいという意思も明確だし、しっかり勉強もしているようである。ただちょっと息抜きが過ぎるだけで :-P

トップページに TODO を載せてみた。なんかやっぱり妙に課題が集中しているような。うう、いま3時だけどこれから14時間以内に人間行動学のレポート仕上げないと。A4 7枚ってことは、単純計算で1枚に2時間かけられるってことか。そんなかけている余裕はないけどなあ。


7月29日×Linux/ppc

今日は日曜日だったので工事もなく静か。いいことだ。

やはり投票日といえば選挙速報でしょう、ということで、寮長たちと速報を見る。自民圧勝か……。民主は惨敗。ま、予想はできたけど。東京区で当選した人を見ると、与党2人野党2人であるが、その得票数を足すと与党がいかに強いか分かる。やっぱり自民なのか、それとも小泉人気だけなのか……

Nemacs に Wanderlust を入れよう計画進行中。新しい bytecomp (2.07) を使っていなかったので、ddskk からかっぱらって突っ込む。APEL, CLIME, tm に関しても入れ直し。そういえば Wanderlust ML で、最新の幹は Nemacs のサポートいいかげん打ち切りたい、みたいなことを寺西さんが言っていたのを思い出し、1.1.2 をまず試す。wl-imap4 関係で滝のようにエラーが出る。しかも、インストールしようとすると wl-version がないとエラーが出る……謎。

というわけで、お次は 2.6.0 を試す。こちらはエラーの数も少なく順調にコンパイルも終わるが、いざ M-x wl すると wl-declare-face で Symbol's function definition void が出てしまう。wl-mule で呼ばれる関数のようだが、こちとら wl-mule でなく wl-nemacs を使っているので、なんでこんなエラーが出るのか全くわけがわからない。

と、ふと気がついて ~/.wl を ~/dot.wl と変更して起動するとあっさり起動できた。wl-declare-face って X-Face 用の関数なのか。しかし色のせいでちょっと表示が乱れる。s all すると直る。おお、やっぱり Nemacs で動かすと軽い。しかし ssl.el をコンパイルして入れていないので、ほとんどのフォルダが見えず(全部 SSL 通さないと読めない)。

そこそこ使ってみて、やはりキーバインドや関数が微妙に違う(dired モードで q 押しても抜けないとか)のが気になるのと、エラーメッセージが究極に不親切(Error in init file と言われても……)なのと、lisp ファイルの行き先がどうも、なのとで結局 Emacs 20 を使い続けるであろう。Mew も Emacs 20 未満のサポート打ち切ったし、もう Mule という時代でもないような。

とりあえず FreeBSD で Nemacs を動かし Wanderlust を ddskk で使うという悲願は達成されたので、一応もう Nemacs が夢に出てくることもないだろう :-)


7月28日×工事

ここ数日は気温も涼しく窓を開けておけば冷たい風が入ってきて気持ちいい。先週や先々週の暑さはいったいなんだったんだろう。

しかし毎度のことながら隣のマンションの工事がうるさい。先月で外装は終わるから静かになるという話じゃなかったのか? 他にも東急建設の横柄な態度には閉口しているのだが、じっと内装も終わる9月まで耐えるしかないのだろうか。平日はともかく土曜日まで工事するのはやめてくれ……

というわけで涼しいにも関わらず寝ているときはおいそれと窓も開けられず、困ったものである。

今日は通しでチューターかと思ったら後半だけだったが、実際5時半に事務室に行ってみたら今日入っているはずの I さんがいなかったのでそのまま勤務に入る。I さんは6時10分ごろ帰ってきて、明日と勤務時間を間違えてたそうだ。ま、そういうこともあるか。

hps で jail を作ってちょっと遊ぶ。httpd と named はこの中に突っ込んでもいいな。ディスク容量も余っているので2つくらい jail 環境作ってもいいし。ちなみに hps は RELENG_4_3 で、RELENG_4 と違って FreeBSD 4.3-RELEASE に新規に機能追加することなくセキュリティ関係のバグフィクスを行なったものであり、4.3-RELEASE から作られたものである。null fs は 4.3-RELEASE だとまともに使えない(4.3-STABLE だとそこそこ使える)らしいので、ちょっと考え中。

おお、tuning(7) なんてものがあるのね。FreeBSD のチューニングの仕方が書いてある……。

突如思い立って Nemacs のコンパイルに挑戦。思えば去年の秋休みからずっと FreeBSD で Nemacs を動かすことが悲願であった。そして冬休み(Linux mipsel で動作成功)、春休みと来て今回である。

まず Nemacs でなくベースの Emacs 18.59 からコンパイルすることを思い立つ。ソースを展開し、config.h を編集。手探りで s-386bsd.h, m-is386 をベースに編集する。sys_errlist 関係で何個かエラーが出るところ、強引にコメントアウトして無視すると temacs ができあがるが、これが実行不能 temacs でダンプができない、というのは前回までのおさらい。

さてここでどうするか、だが、とりあえず Linux emulation で動けばいいやくらいの感覚で Linux 用のパッチを penny さんのところから持ってきて当てる。勝手に Nemacs 相当になってしまったが、まあよい。

パッチの中身を見るとだいぶ元から変わっているので、参考にしながら FreeBSD 用に手で修正する。s-linux.h と m-linux.h を使うようになっているが、s-linux.h を s-freebsd.h という名前でコピーし、s-usg5-2.h を include しているところを s-bsd4-2.h に変更し、その他 make しながらエラーで止まる部分を FreeBSD 的になるようにいじる。とりあえず X なしでも動けばよいので、X を外しておく。

と、なんだかダンプできたらしい。起動してみる。おー、ちゃんと動いているようだ(左の図; kterm 内で実行している)。しかし微妙に違う……。ちょうど画面の左から1/4のところが左端となっていて、右端が左端にループしている。また、上下もループしていて画面をスクロールさせることができない。なんか termcap だかの設定ミスな気がする。

が、気にせず X 対応にしたらうまくいくだろうとの希望的観測に基づいて、さらにビルド。X のヘッダが見つからないと泣き言を言うので場所を教えてやりつつ make すると、それっぽいのができあがり、実行してみたところ、ddskk もうまく動いているみたいだ(右の図; X で動かしている)。

しかしなぜか Wanderlust が入らない。APEL 10.3 を入れ、CLIME 1.14.0(Debian に入っているパッケージのソースから拾ってきた)を入れ、tm をインストールしたにもかかわらず、Wanderlust のコンパイルに失敗する。雰囲気的には tm を検知しないで SEMI を使いに行っているみたいなのだが、よく分からず。とりあえず Wanderlust のバージョンを下げたらうまく行くのだろうか? 1.1.2 あたりに下げてみるか。


7月27日×Python

勉強会の準備の合間を縫って ninix を動かす。py-gtk のコンパイルに鬼のような時間がかかる。gnome 関係を洗いざらい入れた感じ(しかも ports からだから全て自分でビルド)。寝て起きたら py-gtk が入っていたので ninix の ports をダウンロードしてきてインストール。あっさり完了。起動時の注意点としては、gtk+ を使っているので env LANG=ja_JP.EUC しないと文字化けしているのと、twm なもんで -p つけて ninix を起動することくらい。なんだ、任意ってこういうアプリケーションだったのか。重いし masa くんに見せびらかす以外の利用法はないだろう(見せびらかしたら gnome もろとも消去するに違いない)。

昨日のことを思い返すと(どうかと思ったが) masa くんと自分との違いは作業を root で行なうか一般ユーザで行なうか、くらいだろうか。インストールされたゴーストやシェルがちゃんと読まれているのかかなり疑わしいところではある。masa くんにせよ hiro くんにせよまともな日常作業用アカウントは作らず、おもむろに root でログインして(というか xdm で root と入れてログインするのが彼らのデフォルト?)一般ユーザになりたいときはそれから su する、というのが定石らしい。ML やニューズを読んでいてもときどき思うが、Windows 使う人は UNIX であろうがいつも root で入るってのは普通の感覚なのだろうか。なんか違うような……。

いくつかゴーストやシェルを入れ換えてみる。が、あまり変わらず。ま、こんなもんだろうと思って置いたまま10分くらい作業していたところ、X が落ちた。これまでよっぽどのことをしないかぎり(Linux emulator 使って Netscape 使いながら RealPlayer を回す) X が core 吐いた記憶はないし、普段落ちることはありえない。さすが開発版(でも安定板と名乗っていたが)ではあるが、X を昇天させるとはなかなかパワフルなアプリケーションである。

gnome 関係を入れるとき /usr のディスク容量が逼迫してきたので退避。/var の入っているパーティションが空いているので /var/{src,obj} を作って /usr/{src,obj} を移動して、mount_null する。

# mkdir /var/{src,obj}
# mv /usr/src /var/src
# rm -rf /usr/obj
# mkdir /usr/obj
# mount -t null /var/src /usr/src
# mount -t null /var/obj /usr/obj

いい感じだったので /etc/fstab に追加しておく。

% cat /etc/fstab
# Device                Mountpoint      FStype  Options         Dump    Pass#
/dev/ad0s3b             none            swap    sw              0       0
/dev/ad0s1a             /               ufs     rw,noatime      1       1
/dev/ad0s3e             /var            ufs     rw,noatime      2       2
/dev/ad0s3f             /usr            ufs     rw,noatime      2       2
/var/src                /usr/src        null    rw              4       4
/var/obj                /usr/obj        null    rw              4       4
/dev/ad0s2e             /home           ufs     rw              3       3
proc                    /proc           procfs  rw              0       0
% mount
/dev/ad0s1a on / (ufs, local, noatime, soft-updates)
/dev/ad0s3e on /var (ufs, local, noatime, soft-updates)
/dev/ad0s3f on /usr (ufs, local, noatime, soft-updates)
/var/src on /usr/src (null, local)
/var/obj on /usr/obj (null, local)
/dev/ad0s2e on /home (ufs, local)
procfs on /proc (procfs, local)

しかし /usr/obj と /usr/src を同じところに置くと 600MB ほど必要みたいだ。make world を裏で走らせているが、容量的に大丈夫なんだろうか? 無理なら /var/src を /usr/src に戻すだけ(/var/obj は /usr/obj にマウントしたまま)なのだが。

うう、今日は勉強会で忙しいのでこれから相談員部屋で修行しないと。

madin さんに ninix を見せびらかした。後ろで make world している最中だったので非常に起動が重かったが、一応画像は表示された。ゴーストとシェルをいくつか入れていて、着せ替え機能に ninix が対応していない(本家では対応している)ゴーストを madin さんが選択して水着の女の人を見られてしまった。うう、またしてもえっちと言われてしまった。今日は別件でもえっちーと言われたので、えっちな日だったのだろうか?

# kids goo に引っかかりそう :-P

rogue の話で madin さんと盛り上がっていたら、ktanaka 先生もそれに加わった。十数年前クリアしたときはセーブファイルを解析したり(単純にコピーするだけではごまかせないのだ)した、なんて話。おお、nethack も(前の hack だったころ)クリアしているそうだ。ECCS の Solaris でコンパイルしてもうまく動かない、という話をしたところ、terminfo を自分用に持つか、もっと貧弱な端末設定を使って動かせばいいんじゃないか(vt100 は強力すぎるし互換性があやしい)、とのことであった。やっぱり term 系の話も押さえとかないといけないかなあ。もう vi な人にもなったことだし。

勉強会準備のため本郷に出向く。本郷に来るのは去年の懇親会以来である。渋谷で半蔵門線に乗り換え、永田町まで行く。永田町で南北線に乗り継ぎ、東大前まで。所要時間50分強といったところ。

そして初めて総合図書間なるものに入ってみる。うーん、非常に近代的。メディアプラザで携帯端末を使っている人が非常に多いのにびっくりした。駒場の南棟ももっと携帯端末席を増やしたほうがいいんじゃないか? 入出力室でアクロバティックに接続して使う人がけっこういるし。

けっこうやばめの時間に落ち合う。O くんはそれからレジュメの用意をしていた。自分もレジュメの最後の部分を執筆する予定だったが、全然時間が足りず中途半端に終わった。うーん。図表を貼り込んだのも水産大学のコピー機の前だったし……

勉強会は新しいメンバーも多少増えていて、古いメンバーが多少減っていた。ただメンバーの80%は継続で、総メンバー数は変わっていない。

今回の勉強会の発表で、発表後ディスカッション前に、小松先生から「今回 O と小町の発表は、前回の沖縄問題のときと比べてかなりレベルが落ちています。恐らく2人で連絡を取る時間がなかったんだろうと思うけど」と言われた。図星。実際2人で連絡取ったのは前日深夜の電話1時間と、今日の図書館での1時間だけだもんなあ。あと P さんが発表担当になるんだかならないんだか前日まで分からなかったので、それも敗因の1つである。DNA についての高校レベルの解説(P さんが担当するはずだった部分)をしてくれ、と言われたり、配布資料を発表の中に組み込むという形でなく、さらっとでもいいからまとめるということをしなさい(P さんの担当するはずだった部分)と指摘された。今回は完敗である。

注意された点・反省点:

そうだなあ。前回の発表のとき、技術的な問題とか歴史的な問題とか、中立的に話せるところばかりに発表時間を費やしたので、もっと一歩踏み込んだところを言わなければ、と反省したのであった。しかし今回は技術的なことを押さえるだけでタイムアウトだった……。うう、悔しすぎる。せめてあと2週間早く題目を知っていれば。もしくは、P さんが発表に加わらないことがあと1週間早く分かっていれば。学期末とも重なってしまったし……(前回の発表のときは夏休みと秋休みまるまる使えた)。次回の発表のときには捲土重来を期そうと O くんと2人で誓ったのであった。


7月26日×temacs

ECC 環境に Emacs 21 を入れてみる。as には CPU が3個入っているので make -j 6 すると非常に早く(10分ほど)でビルドが終わって感激。

% cd /var/tmp/.c10344/emacs-21.0.104
% ./configure --prefix=/home/c10344 --with-x-toolkit=no --without-xpm \
--without-jpeg --without-tiff --without-gif --without-png \
--without-toolkit-scroll-bars --without-xim --without-x
% make -j 6

しかし画像からなにから外してコンパイルしているのに重すぎる。しかもフルインストールは当然のことながら quota over。さて、どうやってカスタマイズするか。

とりあえず Emacs 21 上では Wanderlust と SKK しか使う予定がないので、この2つをダンプして起動を速くすることを画策する。src/Makefile を見ると、

all: emacs  
emacs: temacs ${etc}DOC ${lisp}
        LC_ALL=C ./temacs -batch -l loadup dump
        -./emacs -q -batch -f list-load-path-shadows

とのことなので、lisp/loadup.el を見る。すると起動時にロードされる lisp ファイルと一緒に自分でロードしたいものがあれば site-init.el や site-load.el を作って書けとあるので、それに従う。

調子に乗って SKK も Wanderlust もそのまま組み込むと

% make
[snip]
emacs: Pure Lisp storage exhausted
make[1]: *** [emacs] Error 1
make[1]: Leaving directory `/var/tmp/.c10344/emacs-21.0.104/src'
make: *** [src] Error 2

と出てストップする。Pure Lisp storage exhausted ってなんだ? と思って検索してみると、どうもダンプに使われるメモリが足りないらしいので、src/puresize.h の BASE_PURESIZE を適当に増やす。するとダンプも完了。

しかし SKK 組み込んでもあまり速くならない。うーむ。Wanderlust も起動であまりうまくない。ま、そもそも重いしディスク容量喰うしさっさと消すにかぎるか。

学校で勉強会関係のプリントを渡す待ち合わせをするが、すれ違い。うーん、ちゃんと無事発表できるのであろうか。O くんとも連絡取れていないし、不安。相談員部屋にこもって勉強会の資料づくりに専念。明日は3時メディアプラザ集合、それから5時まで準備して、それから品川に出発して6時には水産大着の予定。さて、もっとがんばらないとな。

6時ごろ山ごもりから帰ってきて下界(入出力室)に行くと、masa くんが Windows Me 上で DOS プロンプトを最大化してなにかコンパイルしているようだ……と3分くらいぼけっとながめていたのだが、実は Windows でなくて RedHat 7.0J に GNOME が動いていたらしい。ls して色が着いていなかったら5分は気がつかなかっただろう。くそー、こんな見間違えたのは Windows のせい? それとも GNOME のせい? いや、自分のせいか……。

そこで還俗したわけではないが、普通開発するなら masa くんのことなら VC++ でも使ってんじゃないかとちょっと不思議に思ったが、その疑問はすぐに氷解した。「何か」もどき for X をコンパイルしていたのである。ghost がロードできない、surface が見つからない、とけっこうはまっていたっぽいので自分の PC にも入れてみようと画策する。うむ、これはなむぱかもしれない。しかし make 人の血が騒ぐ……(謎)

さて、「何か」もどき for X aka ninix のコンパイルには python, gtk+, pygtk が必要である。python と gtk+ は packages から入れるとして、pygtk が難物である。いまこの日記を執筆している時点では ports に入っていることに気がついた(ports tree を make update したせいかもしれない……)のだが、6時半の時点では分からなかったため、素直に configure からビルドを始める。……が、なぜか gtk+ と Imlib を見つけられないと騒ぐ。Imlib は以前 /usr/ports/japanese/w3m-image を作ろうとしたとき gtk+ までリンクしようとするので gtk+ サポートを外して packages にしておいたら、今回 gtk+ 対応な Imlib が必要になって問題が起きていた模様。gtk+ を見つけられない件は1時間くらい調べたが分からない。config.log を見てみると、どうも Mesa のリンクに失敗しているっぽいのだが、パスを通したのでロードされているはずだし原因不明。Mesa 入れ直したら直ったりするのだろうか。


7月25日×雨

朝から風が気持ちよいので調子に乗って寝ていたら起きたのが1時を回っていた。おお、もう帰らなくては。

現在実家では eAccess の USB タイプのモデムを使って接続しているのだが、これが調子の悪いときは徹底して調子が悪いらしく、全くつながらないらしい。そして、その調子が悪いのも週に何度かあるらしい。恐らく USB タイプのモデムでなくルータタイプのモデムにしたらだいぶ接続状況は改善されるのだろうが、ルータタイプのモデムにするため初期費用に28000円も払ってられないというのが実情。いくらなんでも、と思ってとうとう勝手に Flet's ADSL に契約しておく。あとは彼らがよきに計らってくれるだろう……。Yahoo! BB の実験、という案もあったが、これは勝手にこっちがやると自分のクレジットカードから金が引き落とされてしまい、兄が代金を払ってくれない(現在 CATV 代 + ADSL 代8ヶ月滞納)のでやる気せず。

うう、雨が降ってきた。雷も……。洗濯物を取り込んでから帰れという指令を受けたので、洗濯物を入れておく。光った瞬間音がする(うーん、あれはすぐ近くに落ちたな)ので相当びびる。帰るとき駒場から自転車になるんだけどなあー。

新宿経由で帰ってくる。T-ZONE で思わず 20GB の HDD を買おうとしてしまったが、この時期 HDD のデータ移行などやっている暇もないのでぐっとこらえる。そういうふうに動き出すのも8月に入ってからだなあ。

情報棟に寄ると、user サーバに ftp だと ux サーバからはつながらないという障害が発生している模様。as からならつながるので謎は深まるばかり。しかも http ならつながる。とりあえず as から webput してもらうが、そのうち直るものなのだろうか。

そのまま5限6限と坐っていると、P さんが偶然やってくる。まだ試験の最中だそうだ。小松先生の勉強会の打ち合わせをする。彼女もなかなか忙しいそうなので、配布資料の説明(要約)だけ用意してもらうことで合意。さて、そろそろ本腰を入れないと。

ちょっと日記を改竄。商標名の記憶ミスなど。ま、そういうのっていっぱいあるから全部直せたとは言いがたいけど、検索して違った名前で引っかかるのもなんだし。

ちょっとだけ(当社日 3%) CSS 対応度を上げてみる。HTML 3.2 相当で CSS 的にも対応させようという(ちょっと思想的に間違っているが)野望が沸いてくる。とはいえ、w3m と Netscape 4.x(でまともに見えるスタイルシートしか使わない) に最適化されたページを作ろうというものである。インデントも含めて HTML のソースファイルからタグだけ機械的に除去しても意味の通るソースを書こうと考え中。たぶんそれがいちばんきれいなソースだとわたしの天の声が教える。このくそ忙しいときになんでこういうことしようと思うんだろう。

おお、実家に帰ったりであまりメールを読んでなかったが、freebsd-stable で flame が。なんでも FreeBSD はサーバに特化しすぎているが、デスクトップ並みの使い易さがないのはだめだ、市場に乗り遅れてしまう、みたいな感じ。fj.os.linux でもちょっと前そういうのあったけど、なんでこういう人ってひきも切らないんだろう。もう十分(というか GNOME も KDE も要らない)だと思うんだけど。しかも市場ってなに? ほとんどの冷静な人は、デスクトップにもサーバにも十分使えているよ、ってフォローか、デスクトップを使いたいなら Windows 使いな、ってものだった。Jordan Hubbard はデスクトップが充実した FreeBSD が欲しいなら iMac をどうぞ、というなかなか気の利いた応対をしていた。Jordan Hubbard が入ったことによって Mac OS X がもっと FreeBSD 寄り(ファイル構成とか、ports/packages とか)になったら iMac 欲しいなぁ。

がーん、やっぱりえっちと言われてしまった。しょっく。まぐなむぱんちされなかっただけましか……。うう、garmy さんにまでえっちと言われてしまった。なぜだー。ただ好奇心の赴くままに見ようとしているだけなのに……。

eAccess の USB タイプのモデム(Creative 社製)について書いたところ、さっそく garmy さんからツッコミが。いや、さすがにモデムのドライバを入れ換える前はパケットロス多発のせいか 2001年5月下旬の出来事にあるようにひどいもんだった。だが、ここにある手順通りドライバを入れ換えてもやはり USB タイプのモデムだとうまくつながらないことがあるらしい。ちなみにウィルスバスター 2001 は使ってません……使えよ、とか思いつつ。

多少時間もあったので1日観察したところ、電源容量的には完全に余っているのだが、どうも熱を持つとうまくいかないらしい。引っこ抜いて放置して冷やしておくと快適につながるようになるが、使っているうち(30分くらい)にまたヒートアップして切断される。う、使いづらい……

garmy さんとこにまとまっているので彼氏彼女の事情の概要は尽きているのだが、やはりここは読んでみないと。というわけで、garmy さんは夏休みの読書課題ということで ;-)

# その前に自分が続き読みたい……


7月24日×吉祥寺

少し遅れて3限の勤務に入る。今日は Netscape(NC, Windows)がなぜか外につながらないという(設定作り直してもだめ)障害が多い。とりあえず ux004 で確認。なんなんだろう。

すると、g040763 の人から write で話しかけられる ;-) お、相談らしい。自分のホームディレクトリ以下のファイルを他人(ここでは教官)に公開したいが、パーミッションはどうなっていればよいか、とのこと。途中に x ビット立ってればよいということで、立ててもらって確認。うーん、一瞬だけホームディレクトリ以下が 755 になっていたらしいのでのぞいておけばよかった。

# またえっちと言われそうだが :-P

勤務が終わると今日は不在者投票のため実家に帰る。どうやって帰ろうかと思案するが、吉祥寺経由にする。吉祥寺まで来たらどっと疲れたので、武蔵境から歩いて帰るのではなく、久しぶりにバスに乗る。最後にこのバスに乗ったのは何年前だろうか——町並みがすっかり変わっている。商店街を抜けたところにあった交番がなくなっている。いたるところにマクドナルドができている。もうほとんど知らない町だなあ。

いったん実家に寄って荷物を置き、弟に自転車を借りて不在者投票を済ませる。投票用紙はなぜか寮に置き忘れてきたようだが、あっさり身元確認できて投票を終わらせる。投票用紙があってもなくても確認の時間は数秒しか変わらない気がする。オンラインで管理しているからだろうか。

今晩は夕方雨が降ったおかげか非常に涼しい。うーん、天然の風はこんなに気持ちよいのか。寮だと自分がいないときは物騒で窓が開けられず、いるときは夜なので開けても風通しが悪く、空気が全体的に澱んでいる。また昼間は9月まで隣のマンションの建設で発狂するほどうるさいし。東急建設にはもう関わるまい。

投票の帰りふらっと本屋に立ち寄って雑誌など見る。PS2 Linux って Kondara ベースだったのか。それ以外の記事はあまり目を引かず。うー、やっぱり本や雑誌を読む余裕がほしいなあ。やっぱりこの夏の目標はアカデミックに生きる、にしよう。

夜なんとなく弟 S が買ってきた彼氏彼女の事情を読む。1巻と2巻だけしかない。なかなか楽しい。が、読むとなぜか madin さんのことを思い出すのは気のせいだろうか? ある意味似ている……。


7月23日×熱帯夜

昨日は1時半ごろから猛烈に眠くなり ICQ の途中で力尽きて寝たのだが、朝喉が渇いて文字どおり死にそうになって仕方なく起きた。目も乾燥してざらざらする。全然寝た気がしない。寝起きが最悪だった。起きてまずとにかく冷蔵庫を買おうかと思ってしまうほどだった。

最近お金がかかるとは思いつつコンビニや自販機で飲み物を買う人になってしまった。1日1本以上は買わないけど。実家にいたとき、母がなぜか缶コーヒーや缶ジュースを買って帰ってきて、自分で飲まずに子どもたちに渡していたのかちょっと分かった。外を歩いているとなんか知らないけど自販機で買いたくなるのね。働いているし、これくらいはいいだろうと思って買ってしまうのかな。でお買ったらなんかあんまり飲みたくなくなってしまって、結局持って帰ってくると。たぶん自分も弟や子どもがそのあたりにいたらそのまま渡してしまうと思う。なんなんだかよく分かんないけど。

それはさておき最近のお気に入りは KIRIN の 限定出荷 きりり 氷結果実 グレープフルーツ である。そもそもグレープフルーツ好きのわたしとしても、さらになぜか果汁 100% よりも、なっちゃんとかきりりとか薄めたのが好きな嗜好(100% のほうがいいとは思うんだけど、なんでだろう?)にしても、「限定」とかいう言葉に弱い性格としても、かなりツボをついた商品である。売ってないコンビニもけっこうあるのもポイント高い(謎: しかし売ってなかったコンビニには当分[原註: 二度と]入るまいと思ってしまう)。同じ きりり 氷結果実 シリーズでも、限定出荷じゃないオレンジのほうは相当グレード下がる。水っぽいし、これならまだサプリを飲んだほうがまし、と思う。お、グレープフルーツのほうは KIRIN のサイトにもリンクがない……。なんかだまされているのかも。

今日は相談員勤務に入ると、いつもと質問の量はほぼ同じ。しかし情報処理関係を除くとなぜ1年中質問の内容が同じなんだろう……。

相談員勤務終了後すぐ寮に戻ってきて早番で入る。今日はとっても入りたくなかったが、他の2人がどうしてもだめだというので仕方ない。早番のあと実家に帰るつもりだったが、仕事をしていたら疲れて帰る気がしなくなったのと、帰ってまた昨夜と同じような熱帯夜だと嫌だなと思ったのと、8時半から帰ったら通勤ラッシュの時間でまた気分悪くなるんだろうなと予想されたので、明日の相談員後空いている時間に帰ることにした。明日なら昼間に不在者投票に行って帰れるし。

とまあ、ここまではよいのだが……。実家に帰らないことにしたが、勤務は早番のままだったので、新聞読んで早めに風呂に入る。5月ごろは足音を立てて歩くと寮生に悟られて他室訪問が発見できなくなるからと忍び足で歩いていたのだが、最近は捕まえても逆切れされたり居直られたりと気分が悪いのと、勤務時間外まで働いてお金も出ないでそんな思いするのも割りに合わないとわざと足音を立てて歩いている。足音に気づいて黙ってくれれば他室訪問を見て見ないふりせずに済むからだ。

しかし今日は違った。相当ばたばた歩いていたにもかかわらず、話をやめない寮生がいた。勤務時間外だったが、いつも他室訪問している2人だったので(って分かるってことは相当見逃しているってことだな)、今回は捕まえることにする。勤務に入っているチューターと挟み撃ちで、自分がベランダ側を見張っていて、前からノックしてもらった。逃げて出てくればこっちから見つかるという寸法。今日はじたばたせずあっさり捕まってくれた。……が。

その2人はもうすでに警告書が出ているので、今回他室訪問が見つかったので明日退寮勧告が下ることになる。4月入寮してからこれまで寮生活(集団生活、規則)が肌に合わないといって2人が自主退寮していったが、素行不良で退寮してくれとなるのはこの2人が初である。確かに今回の2人は目立って素行が悪かったので仕方ないが、これで次新たな寮生が入ってくるのだろうか? 世田谷寮は設備は悪いが場所はいいので2学期前なら普通に入寮希望者待っているらしいが。

しかしあの2人からすると自分が直接引導渡したことになってしまうので、ちょっと心苦しい。彼らの仲間の寮生から闇討ちを受けないように気をつけよう(半分以上本気)。


7月22日×決算

日給10800円 - 靴代9240円 - 昼食代630円 - 交通費540円 = 手取り390円

※当然計算用紙には (- 10800 9240 630 540) と入れて C-j する。

世の中間違っている。


7月21日×本末転倒

ECC で一般学生も無線 LAN が使えるようになったので ECC で携帯端末を使うをアップデートする。Linux で無線 LAN につなぐ方法とか書いたら FreeBSD でつなぐ(設定が必要なさすぎて書くことない)より有用に思う人は多いのだろうか。Linux-MC に戻ったら書こう……。

結局今週補講やら授業やらで実家には帰らなかったので、革靴はこちらで購入することに。9240円……けっこう痛い。というか、これと玉川までの交通費と昼食代で模試のバイト代全部飛んでる(泣)。本末転倒だ……。靴のサイズはもっと大きいのかと思っていたら、甲が広い靴を頼んだら 25 でちょうどだった。弟たちも足はかなり小さいほうだと思うが、自分もけっこう足が小さいのかもしれない。

というわけで、明日は玉川大学まで第2回センター模試の係員バイトをしに行くので今日は早めに寝る。そもそもチューター自体も入れていなかったのだが、takeki くんが急遽代わってほしいというので早番で入ることになった。明日はちゃんと起きられるのだろうか。

ECC で携帯端末を使う、のページを書いたのに、よくよく見てみると不手際で誤って消していたらしい。ううー、悲惨。しかし CVS でちゃんと書いたのを取っておいてあるのであわてずさわがず cvs co したら復旧できた。ああ、よかった。

そろそろ小松先生のところの勉強会の発表が近づいてきたので、遺伝子組み替え作物のページを作ってみた。とはいえ、前他の発表者向けのメールに書いたものをそのまま貼っつけただけ。先週の金曜日からフリーになる予定が今週は補講があったり提出物があったり、はたまた Feenberg 先生の授業はいつもどおりあったりと、開放される予定が5日延びてしまったので時間が取れず、発表の準備をするロードマップもずれ放題になっている。これはいかん。模試が終わったら全力集中せねば。

[ Top | Memo | Diary | Aerial ]


Į (üʳصر), mamoru dot komachi at gmail dot
com
Mamoru KOMACHI (Nara Institute of Science and Technology)
Last modified: ¿åÍËÆü, 26- 8-2009 14:39:37 JST