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シドニー日記(7月中旬)

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7月20日

メルボルン

朝の7時に着くとメルボルンはかなり寒い。シドニーは4週間毎日快晴だったが、メルボルンは地中海性気候なだけあってか、着いたときもどんより雲って雨が降っていた。嫌な天気。

町並みはシドニーより洗練されていて、シティ内部も長方形のブロックに分かれていて移動しやすい。トラムという路面電車もあるので少し離れたところは路面電車に乗ることもできる。シドニーと比べると、街中に突然18世紀風の建物が出現するのでかなりびっくりする。シドニーでそういう建物を見るのは映画館だったりデパートだったり、ある程度そんなもんかな、と思うような感じがあるのだが、メルボルンは歴史が古いためかどうかモザイク上に配置されているのだ。

よくガイドブックを読んでみると、タスマニア行きのフェリーは週に2回しか出ていなくて、次のフェリーに乗りたければ月曜日まで待たないといけないらしい。そして、F 原が木曜にシドニーで飛行機に乗るためには火曜の便で帰らねばならず、フェリーは夜行便なので、実質6時間くらいしか観光できないので、フェリーを使ってタスマニアに行く案は却下された。

旅行会社に行ってパンフレットを見ていると、F 原と H 山が、タスマニアの近くにある小さな島に行きたいと言い始める。係の人にその旨を伝えると、冬はその島には見るものがないからタスマニアにしなさい、とやんわり誘導され、飛行機でタスマニアに行く見積もりをしてもらったが、かなり高いので砂漠コースにしようかと相談してその旅行会社は出る。

次の旅行会社に行き、タスマニアじゃなくてこっちの島に行きたいのですが、行く方法は知っていますか、と訊いたら、そこの人たちはかなり親切で、2つの島、キング島とフリンダーズ島に行くには飛行機しかなくて、フリンダーズ島とキング島ならキング島のほうがおもしろいよ(フリンダーズ島は釣りやダイブの島なので冬に行ってもおもしろくないよ)などと教えてくれたので、キング島に行く方針に決めて見積もりを出してもらう。1人$376か。他のところも回って安いところがあればそこにしよう、と F 原が言うのでこの旅行会社も後にする。

その後4ヶ所ほど旅行会社を回ったが、そもそもキング島に行く方法を知らなかったり、知っていても値段が高かったり変わらなかったりしたので、結局親切にしてくれた旅行会社で手続きを済ませる。

旅行手続きの画面を見ていると F 原が「ぼくは一人で旅行するんだったらこんなところに来ないし、彼女らはインターネットで予約を入れてマージンを取っているみたいだから、もっと安くできた」なんて言い出すので、それならぼくは一人だったらそもそも旅行しないよ、と軽く悪態をついた。

F 原は少しでも安く旅行することに血道を上げるので、ぼくのように旅行はそもそもしないけど、旅行するならちょっとくらい高くても気にせず払うのとはたちが合わないのだな。なんであそこまで金をケチりたがるのかよく分からん。親切にしてくれたから1割くらい高くても払ってあげようという気になるのだが、彼は$1でも高かったら安いほうにしたかったようだ。宿の予約も同様。

县

フライトは翌日4時なので、メルボルンに1日滞在することになる。例のごとく、F 原の希望でガイドブックに載っている一番安い宿に直行する。こういうふうに決めてくれる人がいないといつまで経っても決まらないので、そういう面では非常に頼りになる。

1泊$19にしてはそこそこな宿だったので安心。こうやって他人と同じ部屋に泊まってわいわいやるのって高校のとき以来か。馬術部の山中合宿でも夜中までナポレオンを延々やっていたが、あれはじっくり話したりする感じじゃなかったしな。

ディナー

夜は夜でガイドブックに載っているギリシャ料理の店に行くことになる(なんで H 山も F 原もガイドブックに載っているところに行きたがるんだ?)。

酒は頼まなかったが、2人分くらいを注文して3人で分けて食べる。隣に坐っていた高校生くらいの女の子の集団が、2人ほど去り際に軽蔑の目で見ていったのが気にかかる。スープも前菜も頼まなかったけど、彼女たちも一品料理しか頼んでいなかったし、別にマナーが悪かったとも思わないけどな。ずっと日本語で喋っていたからか?

酒

F 原と H 山はパブかディスコがクラブで飲みたい、とのことだったが、通りを歩いていると適当な店が見つからなかったので断念させた。ディスコはあったが自分はうるさいのがだめだし、開いているパブは横道の奥にあってちょっと恐そうだったからだ。1つだけ雰囲気のよさそうなパブを見つけたのだが、その日は大学生の飲みで貸し切りだったので、部屋でビールを飲むことになる。

部屋に着くと H 山はビリヤードがやりたいとのことで、ホテルのロビーに降りていく。ビールを片手に F 原と外で日本語を使うことについて話すと、ぼくらは日本人だし他の人の前でもわざわざ英語を使うのは変だ、と怒られた。特に F 原と H 山はコミュニケーションするのに英語では力不足なので仕方ない麺もあるが、H 山も英語を使うと怒っていたし、やはり Takashi と自分の関係みたいに日本人同士で英語を使うほうが変に見えるのかな。

彼らは武蔵にいたころとメンタリティにほとんど変化はないが、自分はだいぶ東大生っぽくなってしまったな。かなり離れてしまったなぁ。

よく分からないが H 山はいい友人に出会って夜中じゅう語り合っていたらしい。


7月19日

再会

なんとか2人に会うことができた。

バス

よく分からないが旅に出ることになったようだ。F 原は砂漠が見たいがタスマニアも捨てがたい、とのこと。長距離バスの切符が買える場所に行くと、ちょうどメルボルン行きの夜行バスが$43だったのでその場で買う。メルボルンに朝の7時に着くので、そこでもっと西に行ってエアーズロックあたりを見てくるかタスマニア行きのフェリーに乗るか考えよう、という算段だ。バスに学割が使えるかと思ったら、どうも宛て先が Victoria 州なのでだめらしい。残念。

出発まで多少時間があったのでパブでビールを飲む。金曜日なだけにけっこう混んでいる。こうやって3人で喋るのも2年ぶりかなぁ。

夜の7時に出発なので、F 原の強い希望で車内でケバブを食べようと買って持ち込む。係のお姉さんの話によると、途中何回か止まるのでそこのレストランで食べることはできるが、バスの車内では食べ物を提供しないので、持ち込んで食べたりしてもいい、と言われたからだ。

荷物を預けて出発までケバブを3人で食べていると、前のほうの人がしきりに後ろを振り返るのでちょっと申し訳なく思う。確かに車内で食べると音もするし臭いも残るしあまり気が進まなかったのだが、食べ始めたら仕方ないので最後まで早く食べよう、と努力していると、H 山の隣の人が下に降りていったかと思いきや、運転手の人がすごい形相で2階まで上がってきて、

GET OFF
GET OFF RIGHT NOW

と命令された。

たぶん文字どおり出て行けという意味だったと思うのだが、ここで降ろされても困るので、ちょっと英語が分からないふりをして、「ケバブをしまえばいいんですか?」なんて言うと、「下にゴミ箱があるから全部捨てろ、全部だ」とすごい剣幕である。

しぶしぶ捨てるには捨てたが、係の人も OK だと言っていたし、バスのチケットの裏書きを見ると酒とドラッグは禁止だが食べ物は禁止とは書いていないし、全く意味不明。団体行動を乱してはいけない、とか、運転手の命令には従わないといけない、とは書いてあるので、それだと従うしかないか。

思うにこんな経験をしたのはオーストラリアに来てから今日が初めてだ。そして、彼らの表情を見ていると、日本語で喋っていると恐いものを見るような目で見られるし、実際差別的な扱いをされることもあるな(これは旅行が終わってから思うことだが)。これまで日本人であるという理由で嫌な思いをしたことはない、と思っていたが、英語を使っているかぎりに置いては嫌な思いをしない、という制限をつけるべきだと学んだ。


7月18日

待ち合わせ

H 山と午前10時に Central Station の郵便局で待ち合わせ、としたのだが、10時半になっても姿を見せず。駅の周りを2周したのだが見当たらない。もしや、と思って地図を見たら、自分が思っていた郵便局の反対側にもっと大きい郵便局があることを発見。道行く人に尋ねたらこっちを教えられてしまうのではなかろうか……と危惧したのでそちらにも行くが、やはり見当たらず。会えない?

さらに郵便局2ヶ所と駅の周辺を回ったのだが結局いなかった。一昨日教えた電話番号、よくよく調べてみたら違ったしなぁ。住所を頼りに来てくれるしか会う方法がないような気がする。いると思った友人がいないで、誰にも会えないでただ2週間知らない場所で過ごすのか、と想像するのってけっこうつらいものがある。

彼はどの宿に泊まっているんだろうか……。YMCA という噂があったが、定かではない。

思えば郵便局なんかを指定してしまったのが悪かったので、非はこちらにある。携帯も持つ気ないし。いや、彼らが滞在している間は、日本で携帯を離せない彼らが携帯を持たない代わり、日本で携帯を持っていない自分が携帯を持ち、お互い相手がうぐうぐ言うのを楽しむ、というプロットになっていたのだが、最初に会えないことには意味ない。

ま、普通の人ならこういうことがないようにするんだろうし、あったら嫌な気分になるんだろうが、H 山と F 原と自分の3人で行動するときは、トラブルがあればそれも楽しむような感じだし、これはこれでいいのかもしれない。なんとかなればなによりだし、なんともならなくても彼は彼で楽しんで帰るんじゃなかろうか(無責任)。

县

Bird の友人たちは勝手に Bird の部屋に泊まるのと比べると(泊まるなら事前に言いなさいと言っているのにそうするから Alida がぶち切れる)、泊まれないよ、と言ったらちゃんと別のところに泊まるので、正直 H 山や F 原はある程度の常識はあるらしい。いくら言っても最終的にはこの部屋に泊まろうとするのかと思っていただけに、けっこう拍子抜けした。

Alida に話を聞くとなかなかテナントはずるくて、いろいろと嘘をつかれることがあるそうだ。いや、自分も何回か嘘を目撃しているので、納得しなくもない。金が絡むと中国人(含む香港人・台湾人)は目の色が変わる、嘘をついてでも値切る、というのは本当である。

その中でもひどかったのは、Alida がガスや水道のメーターをチェックしていて急にメーターが上昇したのでテナントの1人に疑惑を向けた(彼氏を部屋に泊めてない? と訊いたらしい)ところ、「証拠もないのに犯人扱いするのか!」と逆切れした女性がいたらしい。そのときすでにマットや寝袋が彼女の部屋にあったらしいので、状況証拠からはダウトだと思うのだが。

それから数週間後、午前4時にシャワーの音がしたのを聞いて Alida が母屋に行くと、ちょうどその容疑者(男)がシャワーから裸で出てくるのを目撃したらしい(いや、彼も Alida を目撃したらしい)。その日のうちに「証拠はあるから出て行きなさい」と書いた紙をドアに貼っておいたら、その彼女は彼氏ともども出て行ったそうだ。しかし、あとで部屋を見てみると、いろいろ使い方が荒かったらしく、敷金は返さなかったがそれでも足りないくらいだったそうな。

まあそういうふうに白を切られたり逆切れされたりするのは某寮のチューターをしていても(十)何回とあったが、開き直る人は開き直るのは真実である。

時間割

4つ登録してある科目のうち3つを変えようと思って交換留学生オフィスに行ったところ、時間割の変更は授業が始まってからでないとできないそうだ。そういえば、先学期も授業初日に行って大変混雑していた記憶がある。あの混雑が嫌だから早目に来たのだが、あれは不可避な混雑だったのか。

ホテル

H 山が泊まると言っていたホテルに行ってみて予約者を調べてもらい、また帰ってきてメールを調べ(今日は何回バスに乗っているんだ……)、もう一度ホテルに行ってその間にチェックインした人を調べてもらったが、どうも来ていないらしい。

飛行機が遅れたのかなぁ、と思い、5時半ごろ諦めて帰ったらドアに紙が挟まっていた。

アブ!! 俺をさがせよ、コノヤロー!!
電話番号間違っているぞ(9660-5876)!!
YHAすぐそこの Forest Lodge ホテル辺りに泊まるかもの6号室にいます

あ、電話番号違ったのやっぱり怒っている? でも泊まるといったホテル変えるからつかまらなかったというのも問題じゃ…… いえ、滅相もない。

それだけ読んでホテルに行くと、どこがレセプションなのか分からない。それもそのはず、こちらの「ホテル」とはだいたい1階が居酒屋になっていて、2階以上が宿になっているため、カウンターがレセプションを兼ねていたようだ。

ぐるぐる回って受付のお姉さんに何回も訊いていたら、「あなたは日本から来た人?」と言われたので、はい、と応えたら、後ろから日本人らしきコックの人が現れて取り次いでくれた。やばい、本当に日本語が喋れなくなっている。ただ H 山を上の階から呼んでほしい、ということを伝えるのもしどろもどろである(あまりにだめだったので喋るのをやめて彼の書いた書き置きを見せてしまうほどだった)。これは自分で自分に NG! と叫びたくなった。英語だったら単語が支離滅裂で文法が目茶苦茶でももっと流暢に喋れるな、このぶんだと。

10分ほど待ったところ、どうもいないらしい。とぼとぼとまた自分の部屋に帰って一緒にあった手紙を読んでいたら、Alida からのメモ書きがあって、どうやら午後10時にまた来るとのこと。ちゃんと読んでから出ればよかった。

さて、メールも来ていないようだし帰って H 山と n 年ぶりの再会を祝うとするか。前会ったのはいつかすら覚えておらず。T 橋と H 山に、シドニー大学に留学することになった、と言った記憶はあるので、去年の10月か11月あたりかな。

明日は F 原が来るらしいが、この調子でだいじょうぶなのかかなり不安。


7月17日

文学

バルザックについての映画を Alida と2人で観る。

「こういう映画ってどこまでが本当でどこからが脚色なのか分からない」と言うと、「なにを言っているの、これは芸術なんだから嘘も認めなきゃだめよ、科学とは違うのよ」とせせら笑われた(文学を理解するだけの教養のない人ね、という意味)。そういう意味じゃないんだが。こういう反応をされたのは3回目なので、こちらの英語力の問題で伝わっていないか、それともそもそも言っている内容が理解できないかのどちらかだと思うのだが、恐らく後者であるような気がする。

たとえば小説の中でテレパシーが使えたとしても自分は気に留めないだろうが、100メートル離れたところで「小声で」呟いて聞こえる、なんて嘘は認めたくない。小説だったらいいのだと開き直る人がいるかもしれないが、それはできが悪い小説だと思う(Alida は「言葉が美しければいいのよ」なんて言っているが、それは価値観の違いかな)。

特に Alida の場合、こういうものを見ると「嘘も認めなきゃだめよ」と言いながら、そこで描写されていることが全て真実であるかのように信じるのでたちが悪い。政治家の言っていることが嘘ばっか、だと思うなら、映画の内容も脚色ばっか、だと思って(少なくとも疑って)ほしいのだが、そうじゃないらしい。

認めたくないが、エドガー・スノーよろしく科学と文学の間に深い断裂があるのは事実だな。

会話

よくよく考えると、Alida と母はよく似ている。

というのも、一方的に自分のことを喋るだけ喋り、相手が適当にあいづちを打っていれば満足する、という性格のようだからだ。昨日まで Alida はまともな議論をしたいのかと思っていたが、よくよく省みてみると、こっちがまともに喋るとどうも気分を害するらしい。母に対しても生まれてこのかた適当に返事するようになっていたのだが、大学に入ってから生涯一度だけまともに話すのに挑戦したところ、こっちが言い終わってから「東大生は違うね」と言って部屋を出ていってしまったので、たぶんそういうことを母に対してしたのはあれが最初で最後になるのではないかと思う。

母も子ども4人に喋っていると誰になにを話したのか覚えていないらしく、同じ話を二桁以上繰り返しても相手がいて単に聞いてくれていたら満足するようである。ちなみに Alida も喋る内容のいくつかはたった5ヶ月の間に両手で数えられるくらい繰り返している。

2人とも映画や女性週刊誌に載っているようなことは微塵の疑いもなく信じる文学少女、というところまでぴたりと一致。

母は4人の息子を育てるのには苦労したと思うし頭も下がるのだが、自分が高校生のとき1回だけ「結婚するまでは喋る相手もいなかったし全然喋らなかった(たぶん結婚してからも息子が中学生くらいになるまでは喋る相手いなかっただろう)けど、いまは4人も息子がいてあることないこと喋るようになったよ。喋る相手ができただけでも4人産んでよかった」と言ってくれたことがあった。自分も機会があったら4人くらい子どもほしいな。問題は相手と経済力か……。

Alida にも結婚していっぱい子ども作りなさいよ、と言われているのだが、結婚するかどうかのほうが先に来るわけで。Alida の人生哲学によると、人間に必要なものは食べ物と住まいとセックスらしいのだが、こればかりはどうも。性欲は親父から受け継いだらしく人並み以上にあると思うし、性生活は重要だ、という意見も理解できるのだが、相手が誰でもいいってわけでもないし。

ちなみにいつも Alida の雑用を手伝っているので、先日は「結婚するときは推薦状書いてあげるよ、器用な人と結婚するに限るから」と言われた ;-P

家族

来年で弟たちの受験が一段落したら母は田舎に引っ込むらしい。父をどうするのかは知らないが、父は父で東京に仕事があるので別居になるのかな。自分が実家を離れてからはだいぶ仲良くなったみたいだが、事情もあるし……。

これで来年弟が地方の大学に進学し、自分はまた代ゼミの寮に戻ったら、完全にディアスポラだな。そうなったら実家は男3人でいつ誰が出ていってもおかしくない状態。

毎日家に帰ったらみんないて、めいめい好き勝手なことやっているけど、誰かに話そうと思ったらごろっと布団の上に寝転がって話したりできるのって、永遠に続くかと思っていた。物語の終わりってこういうふうに突然に来るものなのか。

時間割

なんだ、もう出ていたのか。分かっていたらもっと早くから調節したのに……。来週かと思っていた。もっとも、クイーンズランドの大学は今週の月曜から2学期だったらしいので、これくらいが普通なのかもしれない。

明日時間割の変更に行かなきゃ。明日は H 山も拾いにいかないといけないのか。忙しい。

クロスコンパイル

「クロスコンパイル」「OpenBlockS」と入れると昔(naohaq くんや ywake くんと相談員部屋で OpenBlockS をごにょごにょやってたころ)途中まで書いたドキュメントが引っかかってとても申し訳ない気になったので、ちょっと書き直そうかと思ったのだが、単に書き直すのは芸がないので RPM を作ろうかと2日くらい作業していたのだが、やっと解決。

Vine の binutils の SRPM を元に手を加えていたところ、手でコンパイルしたバイナリは動くのに RPM にすると途端にだめになるので、原因が分からず target か host の問題かと /var/lib/rpm の下を漁ったのだが、どうやら全く違ったらしい。

問題は Vine の RPM の中でバイナリのインストールの前にできたばかりの strip でバイナリを strip しているところ(そりゃ PowerPC 用の strip で i386 用のバイナリを strip したらだめだ)で、システムについている strip を使うようにしたら OK。クロスビルドを考えて書かれた RPM じゃなかったということか……。

他にも NetBSD を筆頭として FreeBSD や Debian にもクロスコンパイル環境のパッケージがあるのでちらちらと見てみたが、NetBSD がいちばんまともだなぁ。Debian のは単にマルチプラットホームに対応した環境がある、というだけで、それぞれの中身を見てみるとバイナリの名前のつけ方からライブラリの置き場所までばらばら。それくらい統一すればいいのに、と思わなくもない。なんでクロスコンパイル環境を整える RPM ってあまり存在しないんだろう。pkgsrc や ports や deb にはいっぱいあるのに。

よくよくぷらっとホームの ftp サーバを見たら、OpenBlockSS 用のクロスコンパイル環境は RPM 形式で転がっているようだ。まあ、RPM とはいえなぜか /usr/local の下に tar ball が展開されるだけみたいだが、これが OpenBlockS にも使えるんだったらあまり意味ないなぁ。記憶によると OpenBlockS と OpenBlockSS で glibc のバージョンが違った気はするので、それなら流用できないので需要ありそうだ。まあ、OpenBlockS だと本体がとてつもなく遅いのでクロスコンパイルする気にもなるが、OpenBlockSS だったら速度的にはセルフコンパイルできなくもないと思う。CF で運用しているからそんな容量ないよ、とか、ファイアウォール/ルータだからコンパイル環境入れたくない、みたいな意見はあるかもしれないけど……。


7月16日

成縞

判明。

Alpha Digit Unit of Study Name Mark Grade
HPSC 2002 The Birth of Modern Science 51.0 Pass
LNGS 1005 Introduction to English Linguistics 85.0 High Distinction
PHIL 2213 Philosophy of Mind 69.0 Credit
PHIL 3012 Origins of Analytic Philosophy 70.0 Credit

である。HPSC 2002 はなにかの間違いだと思うのだが、その後先生から音沙汰なし。ちゃんと調べてくれているのかちょっと不安ではある。

やっぱりいい成績をもらうのは難しいもんだ。高校卒業以来初めてまともに採点してもらった感じ。

2学期はちゃんと授業選ぼう。単位がもったいないからとあとから追加したのが学期末かなり圧迫したからな……。

朝

今日も歯磨き中に話しかけられて気分が悪い。昨晩は食事中に母屋に入ってきて話しかけられたし。悪気はないんだろうが、一方的に喋れない状況で喋られるのは嫌。昨日も洗濯機の使い方が云々と言われたな……。WenBo や Lisa じゃあるまいし、何回も言われなくても1回聞けば忘れないと言っているのに。

とうとう Alida は Bird に対して切れてしまったらしい。部屋が汚すぎるし友人を呼びすぎるので、そういう暮らしがしたいなら他に行ってくれ、と言ってしまったようだ。あとで聞いたら "His English is nothing compared to you." なんて言っていたが、彼の英語力が nothing だったら、自分の英語力もそれに毛が生えたくらいだと思うのにな。まあ、確かに香港から来た他の友人と比べると、香港って英語が公用語じゃなかったのか? と首を傾げるくらいの英語力ではあるというのには同意するが……。

WenBo や Lisa に対しても感じ悪いようだし、だいじょうぶかなぁ。

Alida 曰く、Bird にも WenBo と Lisa にも今年限りで部屋を貸すのを止め、来年からは日本人のバックパッカーを取ることにしたらしい。3日で3回気が変わる人なので本当にそうするかどうか知らないが……。

英語

先日 Alida に日本経済についてのドキュメンタリーを見せてもらい、その中で宮沢元首相が在職中に英語で喋っていたのを見て驚いた。宮沢元首相は通訳なしで英語で喋れる唯一の総理大臣だと聞いていたので、どれほど英語ができるのかと思ったが、これはそこらへんの留学生のほうがましなんじゃないかと一瞬耳を疑った。

しかしよく考えるとあの年であれくらい喋れるほど英語ができるだけでもすごいのかもしれない。直後に盛田昭夫氏も英語で喋っていたが、これは宮沢元首相よりすごく、あれでちゃんとコミュニケーションが取れているというのであれば、確かによどみなく喋れるだけで国際派なのかもしれない。いや、国際派か否かは語学の問題じゃなくてビジョンの問題だ、というべきか。

その後ブッシュ大統領の演説などを Alida と見ていると、Alida が突然笑い出した。アメリカ人の英語は funny でいつもおかしいそうだ。確かに言語学の授業に出ていたみんなの反応を思い返すと、オーストラリアの人にとってはアメリカ式の発音は滑稽に聞こえるのだろうな(授業中もみんな笑ってたし)。

台風

H 山が明日日本を発つそうなのだがだいじょうぶだろうか、と思っていたが、どうやら東京は過ぎ去ったようだ。F 原は関空から来るのかもしれないが……。


7月15日

実家

電話して半年ぶりに弟の声を聞く。

我が家には大学受験生が2人いるのだが、母は里帰りしているので彼らが家事をしなければならず(他の2人は家事やる気なし、とのこと)、しかも数年来更地だった向かいの家が工事を始めたそうで、暑い中窓を閉めねばならず、とても勉強する環境じゃない、そうだ。

我が家の住人はエアコン使わないから、窓閉めたら人間の住むところじゃなくなるんだよな。扇風機使っても熱風が来るだけ。

弟たちには同情しなくもないが、かといってここからどうこうできるものでもないしな。せいぜい声援を送ってあげよう。ちゃんと飯食えよー。

Debian

2.2r7 のリリースを debian-users ML で知る。しかし、なんで Debian 週刊ニュースレターの訳はあんなにひどいんだ?! 毎週出るから速く訳さないといけないから、というのは分かるのだが、機械翻訳でも使えば時間省略できるだろうに、といつも思う。

やっぱ Debian の安定版ってむちゃくちゃ古いな。Windows XP や Me が出ている時勢に Windows 95 を使っているくらいの古さがある。セキュリティアップデートがちゃんとかかっているのが Windows との大きな違いだが ;-P

逆にパッケージの収録にアグレッシブだった Kondara 潰れて(もしかして潰れたんじゃなかったのか?) Debian に、っていうのもどうかという気はする。そういう人たちはパッケージが古い古いと文句言いそうだ。


7月14日

台風

そういえば日本には台風が来ていたようだ。先週末こっちにニュース番組でも何回か中継があったので、かなり大きかったのだろう。

台湾も日本もいま暑い盛りらしいが、シドニーは逆に一番寒い時期だったりする。友人たちも「今年はスキーに行くにかぎるね」なんて言っている。というのも、去年は暖冬で人工の雪を降らせないとスキーにならないくらいだったが、今年はここ十数年来の寒い冬で雪が積もっているから、とのこと。Alida もオーストラリアに来てからこんな寒い冬は初めてだそうだ。夜の気温が4度だ、と天気予報で放送されると、4度以下になったら凍死する、なんて言っている。

明日はもしかすると3週間ぶりに雨が降るかもしれないそうだ。オーストラリアは乾燥大陸だ、とはよく聞くが、ここまで雨がないと水が貴重なのもうなずける。5分とシャワーのお湯が出ないのは勘弁してほしいが、毎日お風呂に入ることができるほど水資源がある、というのはありがたいことなのだな。

FreeBSD

アレがアレでナニなのでとうとう current にしてしまう。

けっこう苦労するが、なんとかなった。/usr/obj を vn でマウントしていたのと、cvs リポジトリが置いてある /home ディレクトリが ext2fs だったのが敗因。一瞬鍵箱の中に鍵状態になったかと思った。current では vnconfig は消えていたので mdconfig でマウントし、カーネルを作り直したら OK になった(EXT2FS 入れようとしたら「カーネルが GPL で汚染されます」なんて出てきたが……)。このディスクイメージって Linux で loopback デバイスとしてマウントできるのだろうか?

# Debian でも他所からモジュール持ってくると文句言われた気が

make buildworld に1時間弱かかるのが痛い。もっとも、Pentium MMX@233MHz だったころは make world は6時間かかっていたので、それと比べると文句を言ってはいけないくらい速いのだが。

名前

NetBSD ではいつも release ではなく current を使っていたのだが、FreeBSD で current を使うのは実はこれが初めてである。しかし FreeBSD-current でもいろいろと気に入らないところが……。

話の展開上 FreeBSD を使っているのだが、やはり NetBSD にするかなぁ。

NetBSD にしない理由はいくつかあるのだが、その中で最大の理由は、ネーミングセンスのなさである。パッケージの元になるスケルトンのことは FreeBSD では port(s)、NetBSD では pkgsrc というのだが、pkgsrc ってなによ、と思ったりするのだ。確かに pkg の src だから pkgsrc、ということですぐ分かるのは利点だし、port(s) と聞いても package(s) のスケルトンであるとはすぐに分からないだろうが、慣れてしまうとこれがスマートに聞こえてくるのが問題。RPM と SRPM、deb と deb-src は pkg と pkgsrc の関係と同じだし、その意味 NetBSD にだけ不平を言うのは不公平なのだが。

他にも /etc の下をメンテナンスするツール mergemaster は FreeBSD から NetBSD に移植されたのだが、これの名前は etcupdate になっている。そりゃ /etc を update するツールなんだからそれでいいのかもしれないが、mergemaster に慣れるとこのほうがかっこよく聞こえるんだから仕方ない。

portupgrade が NetBSD に移植されたらどういう名前になるのか非常に興味があるが、これがまともな名前だったら NetBSD でもいいかな、とは思っている。pkgsrcupgrade だけはやめてほしいが ;-(

また NetBSD でいうところの port(s) の名前も(たくさんあるから統一的に簡明な名前を選ぶんだから仕方ないが)どうもいまいち、というものが多い。個人的に NetBSD/hpcmips を使っていたのでなんともいえないが、使っている間中 hpcmips ってなんとかならないものか、とずっと思っていた。そもそもどういうふうに発音するんだ?

NetBSD/hpcmips は Linux-VR の存在を知り、Linux-VR のほうが hpcmips よりはましな名前に思えたので(そうです、名前が重要なのです :-P)移行したが、Linux-MC に名称が変更になってからは、どうもまたいまいちな名前に思えたので使うを辞めてしまった。名前なんてどうでもいいじゃないか、中身が問題なんだし、とは思うのだが、なぜか名前に引きずられるところがあるのはいかんともしがたい。

東大に来ようと思ったのも最初は「印哲」があるから、というのが大きかった(中国哲学もやりたがったが、"いんてつ" という言葉の響きには抗しがたいものがある)し、これが「インド哲学」だったら興味が失せていただろうと思う。「科哲」も「科学哲学」だったら来てなかったかもなぁ。AIKOM っていうネーミングセンスも(なんの略称か知らないけど)とてもよい。ECC は気に入っていたのに ECCS が通称として使われるようになってからはあまり書きたくなくなったしなぁ……。

ュミネ

リムネットのアドレスが使える、と先日気がついたのはよいのだが、駒場のアカウントに転送されたから OK かと思っていたら、テストメールが1通不達で戻ってきた。……usata.org に転送されているのか。

パスワードの再発行をしてもらわないとこれはどうしようもないなぁ。もしくは usata.org を使えるようにするか。でもそうするとこれも実家に行った手紙に書いてあるアカウントとパスワードを教えてもらわないといけないし……。

どうしようもないという結論に達する。


7月13日

成縞

科学史の先生からメールで連絡があって、いまシドニーにいないからあとで確認するけど、どうも2つ目の試験の結果を入れていないようね、とのこと。そりゃそうだ。でも最後の試験を受けていないのに不可じゃなかったというのも意外だったが。

よくよく考えてみると、A/B/C/D/F(いわゆる #) で評価すると、単位を取得したことになるのは A/B/C の3つだけなんだな。HD/D/C/P/F/AF だと HD/D/C/P のいずれも単位取得したことになる。

東大の評価のシステムで優をもらっても嬉しくないし、良でもあまり悪い感じがしないな、と思っていたが、なんでそう思うのかやっと分かった。武蔵にいたころは優/秀/良/可/不可で成績がついていたので、優と秀の違いがあるわけだ。オーストラリアでも High Distinction と Distinction の違いがあるし、High Distinction が履修生の3-5%に制限されているというのを聞いて気がついた。武蔵はイギリスのパブリックスクールを参考にしているので(オーストラリアの人にもイートンと交換留学をしている、というと、ああ、そういう学校なのね、と納得してくれる)、アメリカの制度よりはイギリスの制度に近いんだろうな。

つまりは、東大の優は粗製濫造されているからありがたみがない、ということか。

設定

各地のサーバの設定をいじる。

Vine には mergemaster に当たるツールはないのか……。手で diff 取って書き換えるのが面倒。Debian は debconf 使っているかぎりは安泰なんだけどな。

しかも設定ファイルに RCS Id もなにもついていないので、ファイルのタイムスタンプと内容だけを元に、どっちがオリジナルでどっちが手を入れたのか判断しないといけないのが面倒。

FreeBSD でもパッケージで入れたら diff 取らないといけないのは同じだから、手間は変わらないといえば変わらないか。でもせめて /etc の下くらい cvsweb で確認できればいいのになぁ、と思うのだが、Vine には cvsweb ないのかなー。


7月12日

休み

昨日の作業で今日は背中が筋肉痛。

休みかぁ、と思っていたが、あと2週間もすれば終わりなのか。早すぎる。

名前

中国人、台湾人、香港人、韓国人、マレーシア人、シンガポール人など、知るかぎりほとんどのアジア人は本名の他に英語名 Cristian name も持っているようだ。自分の名前を名乗っているのは Takashi と Hana と WenBo くらいしか知らない。割合としては10%以下だ。

英語名のようによくある名前じゃないから覚えられにくいのか、と思ったが、どうやらそれだけが問題なのではなく、どうも3音節以上の名前かつ初めて聴く名前だと10回くらい聞かないと覚えないらしい。Alida も去年のテナントに Tetsuhiro という人がいたそうだが(って1回だけ会ったことある)、1年暮らしても Tetsu としか認識してくれなかったらしい。

つい先日ガス・電気・水道代の明細書を見たら、Alida が Maoru と書いていたのでショックを受ける。確かにときどき Mamoru でなく Maoru と発音しているっぽかったが、実際そう書かれると、こんだけ一緒にいるのにそれはないでしょう、と言いたくなる。

もっとも、毎週1回家賃を払うとき、前の週の領収書のカーボンコピーを見て書くので、週1回は Mamoru だと認識しているようで、Mamoru と言ったり Maoru と言ったり一定していないだけで、そのうち固定するのかもしれない。

自分の名前を間違えられるくらいなら最初から英語名をつけるのだが、いまさら Alida に英語名で呼ばれるのは嫌だな。自分の名前を縮めるのは英語名を使うより嫌だし(Tetsuhiro → Tetsu みたく4音節から2音節なら敗北感が小さいかもしれないが、3音節から2音節は屈辱に近い)。

サイン

名前は最初に1回自己紹介するときに気をつければいいくらいだが、サインはもっと深刻である。だいたいパスポートを最初に作るときなんかに自分のサインを意識することはないので、小町守は小町守だから、と漢字で書いたのだが、それから2年後に渡豪してやっぱり英語の国だから英語のサインかなぁ、と学生証は英語で書いたら、銀行の口座を作るときパスポートのサインと違うと支店長送りになったのだ。

しかも学生証のサインはサインで試験のとき毎回サインの照合があるため、いったんサインを決めると容易に変えることができない。ブロック体でもいいだろう、とブロック体で書いてしまったので、学生証を友人たちに見せたら「サインの意味分かっている?」と大笑いされた。今年1年は我慢するしか……。

クレジットカードやキャッシュカードの類いも漢字でサインしたものとブロック体でサインしたものと半々で、しかもクレジットカードは5年有効期限だったりするので、サインを全部変えるのには時間がかかる。間違ったサインをして問題になるのが恐いので、店でもクレジットカードを使わず、いつも現金で買い物をしている。半数以上の人はクレジットカードかキャッシュカードで買い物しているが、いたしかたあるまい。

成縞

web 経由で確認したところ、科学史と言語学の成績が確認できた。哲学の残りの2つはまだ分からず。

言語学が85点で High Distinction なのは嬉しかったが、科学史が51点で Pass なのは呆然とした。Pass してよかった、とは思ったが、これはさすがになにかの間違いだろう、と思って自分の点数を計算したところ、最後の試験を除くと50.7点となっていて、最後の試験の結果がどうやら加算されていないようだ。WebCT にも成績が出ていなくて変だとは思っていたが、もしかしてどこかへ行ってしまったのだろうか……。

最後の試験が24.0/30.0以上だったら Distinction になるし、そうでなくとも14.0/30.0以上であれば(さすがにいくらなんでも半分以上間違っているとは思わないが) Credit になるので、これはいくらなんでも、と問い合わせる予定。

ついでに課題4のコメントが見られるので読んでみたところ、「内容も構成も引用もいいが、表現と文法をもっと勉強しなさい。提出前に自分の書いたものを一度声に出して読んでみるように」と書いてあった。ええ、どうもすみません…… _o/|_

とはいえ、あとの2つの成績も気になるところだ。

ファウンデーションコース

言語学に関しては、最後の試験の座席表を見たとき、その教室(2つの教室に別れて試験を受けた)では留学生は自分1人だけだったのでとても驚いた。他の学生はローカルの学生か、もしくは交換留学生ではなく正規にシドニー大学に出願して来ている人たちのようだ。ファウンデーションコースに行った、という人をかなり聞くので、オーストラリアに留学する人は最初からそのつもりで、高校卒業したらすぐファウンデーションコースに入るのだな。そんなこと考えもしなかった。私立中学なるものの存在をふと知ったから武蔵なんか受けてみて入ったわけだが、こういう留学の道をふと知っていたらこっちに来ていたかもなぁ、と考えることも。

メールアドレス

なぜか駒場の前期課程時代のアドレス宛にウィルスが襲来。後期課程のアドレスには毎日のように spam が来るのでもう慣れてしまったが、前期のアドレスにウィルスが立て続けに4つくらい来たのも驚いたし、進学後1年経ってもまだ転送が有効なのかとびっくりした。転送してくれるのはありがたいが、転送されたから友人と連絡することができて助かった、というケースはまだない ;-P

しかし usata.org を止めてしまったいまとなっては、u-tokyo.ac.jp にしかメールアカウントを持っていないのが痛いので、ここ2週間ほどどうしようかと考え中である。さくらにサーバを借りようかと思わないでもないが、毎月1万円の負担は痛い。初期費用は全部自分が持つにしても毎月1万年間12万は苦しいな。物欲はないので新しいハードウェアがどうこうといったことには興味ないのだが、プロバイダ代とか回線代とかドメイン代とかいうのは気になる。

相談員関係のアカウントは卒業しても知り合いがサーバを管理しているかぎりは転送設定くらいはしてもらえるだろうが、ECC のアカウントがどれくらい転送してもらえるのかが少し気になる(正式には進学・卒業した年の夏休み以降止まる、ということだし)。科哲のアカウントは恐らく頼めば科哲界隈で棲息するかぎりは使えるだろうが、就職することになったら継続して使いづらいし……。

留学生の99.9%が Hotmail 等フリーのメールアカウントを使うのも分からなくもない。いまの友人にシドニー大学のアカウントを教えたら来年以降連絡取れなくなるし、東大のアドレスを教えたらさ来年以降どうなるか分からないし、ちょっと困りもの。忘れずメールアカウントの変更を知らせればいいのだが、知らせたとき(物理的な)アドレス帳変更してくれる人ってあまりいないような気がする。HDD 上にしか保存していなかったらウィルスの被害であまり考えずフォーマットしちゃった、なんてとき連絡できなくなるのが痛い。また、自分からメールアドレスは書いて渡すのだが、相手からやってくるのは携帯の電話番号だったりする(というかそもそも連絡先を訊かれたとき自分が教えるだけで、相手の連絡先は聞かないことが多い)。

すると、ふとリムネットにアカウントがあったことを思い出す。月200円も払っているのはまさにこのためか、という気がする。

しかしこのアカウント、もしかすると転送先が駒場前期の ECC アカウント宛になっているかもしれないのがかなり恐い。転送先の変更をしようにも、もともと使う気なかったのでパスワード変更していないし、プロバイダから送られてきた紙がどこにあるかも分からないし……。

いずれも一長一短だな……。


7月11日

ワゴン

Alida が廃材を整理したいというので手伝う(手伝っているだけで日が暮れた)。大工仕事があると Greg という人にいつも頼んでいるらしく、Greg と Alida とで洋服だんすを動かしたりテレビやシンクを捨てたりする。

こうやって作業していると馬術部にいたころを思い出すな。毎週土日は使役といって1年生は経堂の馬事公苑に駆り出され、朝から暗くなるまで丸太やらなんやらを担ぎ回る。移動は専らトラックの後ろ(荷物を載せるところ)にみんなで坐る、というまあそれはそれで楽しい経験ではあった。

今日は Alida の3番目の家があるという Redfern まで荷物満載のトレーラーつきのワゴンに乗ることになったが、座席が2つしかないからタクシーを呼ばないと、と Alida が言ったので、それなら荷台に乗ってもいいよ、と申し出たら、Greg がワゴンの後部座席を空けてくれた。荷台に乗れるかなぁ、とちょっとわくわくしていたから残念。もしかすると荷台に人を載せてはいけないという法律があるのかもしれないな(馬事公苑は公道じゃないし)。

使役という名前はどうかと思うが、文字どおり朝から晩まで使役するのでこれ以外に言い様がないのかも。バイト代も出るのだが、そのバイト代はそのまま馬術部の会計に参入されるので(それでも馬を養う費用が捻出できないので、他にも部員全員でお歳暮やお中元シーズンは2週間くらい三越みたいなところに梱包のバイトに行かなければならなかったりする)、交通費も自腹であることを考えると、昼と夜の弁当(現物支給)で9時間労働休みなし、というのはすごいな。

軽井沢に2週間ペンションバイトしたときも、3食無料で食べられて厩舎の上で寝られるだけで、このバイト代も全額馬術部に振り込まれたのだが、いま考えるとせめて交通費くらいは出してくれてもいいのに、という気はする。部費が月1万円から2万円に上がるよりはましなのかもしれないが……(三鷹の馬場にいる馬の飼料代だけで年間数百万らしいので、金策に苦労するのは分かるのだが)。

さすがに Alida は一昨日と昨日の作業分家賃をちょっとまけてくれるらしい。

ディナー

作業が終わったのは午後6時だったので、Alida が夕食を作ってくれた。昔バックパッカーが来ていたころはこうやってよく一緒に食べていたけど、学生をテナントにするようになってからは滅多にテナントと一緒に食べなくなったよ、なんて話を聞く。

コカコーラとウイスキーを混ぜるとおいしいんだけど、飲む? いや、飲みなさいよ、と言われたが、アルコールはビール以外は余程のことがないと飲まないので断わる。すると、よく分からないが不思議な飲み物が出てくる。はちみつと酢を混ぜたものらしい。メインディッシュはまともだったが、この飲み物はブラックリストに入れておいて次 Alida が作ろうとしたら断らないとな ;-(

ビデオ

木曜日は自分が見たい番組がないのでいつも Alida のところには行かないのだが、今日は話の流れ上午後2時から Alida のところにいるので、Alida 秘蔵のビデオを鑑賞することになる。93年に録画した、戦後の日本についてのドキュメンタリーらしい。

全く知らない内容だったらおもしろいのだが、ほとんど内容は知っているので、英語を勉強しようとか、これの題材を元に議論しようとかいうモチベーションがないと、けっこうつらい。NHK スペシャルのような教養系の番組だと、日本語で作られていようが英語で作られていようが自分が理解する内容はほとんど変わらないので、はっきりいって退屈である。

合間に BBC 制作の番組を見ると、CG の巧妙さに驚く。恐竜が絶滅したあとの生物の進化を描いたシリーズものなので、登場する生物はほとんど架空のものなのだが、外見だけからは実際に存在する動物と見間違いかねないな(というか Alida は本物の映像だと信じて疑ってなかったし)。カメラのアングルを意識した作りになっている(ってカメラはないんだろうが、水しぶきがレンズにつくところまで作り込んであった)ので、わざわざそう見せようと狙って作っているようだ。よくよく観察すると歩き方が変だったり動きが人間っぽかったりするので、分からなくもないのだが……。たぶん作る人は CG にこだわりがあるだけで、動物が好きってわけじゃないんだろうな。


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Mamoru KOMACHI (Nara Institute of Science and Technology)
Last modified: Wednesday, 26-Aug-2009 14:38:04 JST