けっきょく徹夜して /home 下の rsync やらカーネルのコンパイルなど。容量は 2.3GB(ハードディスク全体のきっかり 75%) あればなんとか足りる(現在使用率 55%)ことが分かったので、700MB ある領域は Windows を入れておくことにする。いま考えると大きめのアプリケーションは Emacs くらいしか考えつかないのだが、なにがあんなに容量を圧迫していたのだろう。英辞郎のデータも 50MB くらいだったし、 /usr だけで 3GB 取っていて使用率が 80% に達していたのはすごく不思議。
Windows のインストールは最初 FAT16 でフォーマットした MSDOS 領域に NFS した Windows98 CD-ROM から tar で書き込んだのだが、これは書き込んだあと再起動して setup.exe を起動すると GUI 画面が出る前に CAB ファイルが壊れているというエラーが出たので、FAT32 でフォーマットし直して同様にコピーして立ち上げる。これは GUI 画面も出てくれるのだが、インストールの途中 75% まで進行したところでまた CAB ファイルが壊れていると出て続行できない。さて、どうしたものか。
考えてみると NFS って UDP なのであまり信用できなくて、書き込んでいる最中に NFS した別パーティションで Emacs やカーネルコンパイルしたり ports を作ったりしていたので、もしかしたら取りこぼしているのかと今度は rsync を使ってみる。最近のはデフォルトで rsh でなく ssh 経由で sync してくれるらしい(以前からも -e ssh すれば ssh 経由でやってくれてたけど)。おお、ちゃんと入るではないか。
Let's Note の専用ユーティリティはファーストエイド CD-ROM なるものの中に数十 MB で入っているらしいが、これを入れる時間的容量的余裕はなかったので今回は断念。CD-ROM を rsync でコピーしたら 320MB 取られた。インストールしたら残りの容量が 80MB になってしまった(つまり最少構成で Windows98 をインストールすると 200MB 必要ということか)。必要ないアプリケーションはさらに手動で削除し、入れる予定が今後ないドライバは削除してようやく残り 180MB まで持ち直した。
/var に当てる領域を 700MB でなく 600MB にしていたら破綻していたことになるが、結果オーライということで。たぶんそのときはインストール前に CD-ROM からフルコピーでなく必要なものだけコピーしておくという感じになるだろうが、それでも CAB ファイルだけで 120MB になるので FAT 領域だけで 300MB 少しないと入れられないのではないかな。
さすがに4月1日に集まることになっていて前日の夜いないのは洒落にならないので帰る。昼は雪が降っていたが雨になって止んだ隙を縫って出発。
寮に着くと7時15分であったが、ドアを見るとなんと7時からミーティングをしているらしい。集まるのは4月1日のはずなのに変更するのはやめてほしかったが、急いで指定された場所に行く。
4月からいっしょに働くメンバーは暫定寮長の M さんにチューター3年目の I さん、それに S くんと自分。S くんは自分のことを知っていたらしく、情報棟で相談に来たことがあるらしい。縁は奇なものとはよく言ったものだ。3人はそれぞれ理科系、文科系、よく分からずといったところでちょうどいいみたい。
顔合わせが1日繰り上がったので4月1日に集まる予定はなくなったが、倉庫の整理など仕事があるらしいので1日に3人で働くことに。いまなにもしていないが 1日3時間は働いているということでつけてもらっているらしい。食事も出ないのに寮にいるので働かなくてもお金が出るのはありがたいことだ。
Windows の領域は何回か NetBSD と FreeBSD で読み書きしていたので scandisk かけて defrag してもう一度 scandisk しておく。 defrag ではほぼ全体が断片化していたので(とはディスクの先頭からなかなか壮観であった。ドライバを入れれば 800x600 の True Color(24bpp) も表示できたし、Microsoft 標準のドライバで SB Pro 互換のサウンドもちゃんと鳴っているようだ(ちょっと音が割れているような感じではあるが)。
Windows に関してはこれ以上のカスタマイズはインターネットにつながっていないとできないが、どうせ各種設定や IRQ の確認くらいにしか使わないのであまりいじって容量を圧迫させないほうがいいのかもしれない。
起きてきてのんびりして昼ごろになっておもむろにメールを読み始める。1800通もたまっていておののいたが見なかったことにして私信関係だけ目を通す。M さんに FMV のマニュアルとドライバ一式渡すことになっていて、その時間の打ち合わせなど。昨日返事を書いていればよかったかとちょっと後悔。
インストールはまず NetBSD をインストールし、700MB 別パーティションを切って(FreeBSD 的にはスライスと呼ぶのだが)そちらに FreeBSD の配布ファイル一式を入れ、HDD インストールをすることに決定。まず NetBSD を NFS インストール、次に FAT パーティションを /msdos としてマウントし、母艦でマウントした CD-ROM を NFS して 4.2-RELEASE 用のファイルをコピー。NetBSD のインストーラだけで NFS マウントできるのでこれで済めばよかったのだが、/etc/fstab の編集にエディタが必要で、インストーラだと ed しか使えないので (ex ならまだしも ed はよく分からない)入れた次第。
今度はいましがた入れた NetBSD 領域を再フォーマットして FreeBSD を突っ込む。ここまでして苦労して入れてもインストール時と同様 NIC が使えなかったら NetBSD にするしかないかと思ったが、一度は入れて動く姿を拝んでからにしたいと思いがんばる。ほそかわさんが S21 を使っているそうなので動くらしいのではあるが、2.2.x のころの PAO だそうだし(ちなみに PAO3 でも NIC からインストールできなかった。専用ユーティリティで NIC の IRQ を変更しなきゃだめなのかも)。
インストールメディアに FAT 領域を選んで続行するとハードディスクがせわしなくカリカリ言い始め、インストールが始まったことが分かる。よし、これで一つクリア。
インストールが終わってから再起動し、必要な ports/packages のインストールなど。グラフィックは NeoMagic なのでアクセラレーション使うには XFree86-4 を入れないといけないのだが、XFree86-3.3.6 の SVGA サーバでも 24bpp、SVGA の設定で動いているのであまり不満はない。試しに ports から入れてみたが、起動は遅いし xf86cfg の使い方もよく分からないので戻してしまう。
母艦で作った Emacs-20.7 を入れようとしたが、RCS ファイルが入るところで no such file or directory のエラーが出てしまうので断念。まあ、Emacs とはもうお別れしてもいいころかもしれない。こういう機会でもないと離れられないだろうし。
X はどうしようかと思ったが、Netscape は aout 環境が必要なのであまり入れたくなくて Mozilla を試す。しかしこれが gtk+ に依存していてかつ異常に重かったので Netscape でがんばることに(でも時間なくて入らなかった)。
普通にテキストを表示させると 640x480 の矩形が画面の真ん中に出てくるのだが、拡張テキストモードなるものを BIOS で有効にするとこれを 1024x768 の画面に引き延ばしてフルスクリーンで表示してくれる。文字が変に伸びるので見づらいが、このモードで kon の Stealth モードを有効にする(/usr/local/etc/kon.cfg をいじる)とすごくいい感じで画面いっぱい日本語のテキストを表示できるので感激。ただコンソールがあまりに間延びしすぎなので kon の Stealth モードを犠牲にしてもノーマルモードに戻すつもり。
時間が迫っていたので学校に足を運ぶ。5時に駒場東大前のマックで待ち合わせ。つつがなく受け渡しは終わる。
帰ってきてからインストールの続き。さすがに2日連続で寮を空けるのはまずいかと思ったが、仕事の打ち合わせも4月1日だというし、PC が使えない状況というのは厳しすぎるのでこちらを優先した。部屋の塗装が入っていなくて昼工事の音がうるさくなければ1日で寮に戻ったと思うが、ちょっとあそこは少なくとも昼間部屋にいる環境ではない。
曇り。いったん家に帰り、Let's Note がまともに使えるように OS を入れ始める。NFS すればあっさりかたがつくだろうと安易に思っていたが、これが一苦労であった。
まず NFS 周りだが、どうも NIC の認識に失敗しているようである。 probe には成功しているのだが、NFS する段階で device timeout が出る。よく調べてみるとこれは NIC の実際の IRQ と FreeBSD が思っている IRQ が違う場合に起こるようである。その割には母艦に DHCP の要求が来たので割り当てた旨の記録が残っているので不思議である。母艦から ping を打っても反応がないようなので、これはネットワーク経由のインストールは難儀するなと思う。
ちょっと一呼吸入れようかと NetBSD のインストールディスクを入れてみた。うん? これはちゃんとインストールできるらしい。NFS であっさりインストールが完了し、X も立ち上がる。FreeBSD は諦めろというお告げかもしれないと思いつつ、少しあがいてみる。
HDD の容量は 3.1GB なのだが、このうち 100MB はハイバネーション用の領域として専用ユーティリティで確保して使用する。残りを FreeBSD で使用するつもりで Windows は全部消す予定であった。
正味 3GB を分けるという段階で、/ と swap、それに /usr と /var を取り、/home は /usr/home にリンクを貼るという方針に決定。 /var は CD-ROM 一枚分の容量が入ると嬉しいので 600MB から 700MB に、/ は 64MB から 128MB くらい、swap は実メモリが 96MB あるので 128MB、残りを /usr に当てることにした。
しかしインストールが完了しないとどうしようもなく、けっきょく昼までには終わらず学校にメーリングリストの設定をしに出かけることに。
機材室に入ると今日はいないと昨日言っていた(往復2000円かかるらしい) M さんが先にいて、部屋の配置替えを完了してくれていた。なにやら別件で学校に来なければならない用事ができたらしく、ついでに見えたそうだ。重いものもだいぶあったので悪かったなと思う。
メーリングリストの移転は K さんが一覧を持っているので K さんの到着を待つ。自分は CGI がちゃんと動くかどうか確認と、昨日できなかった NAT の設定。1時間ほどはまるが、カーネルのコンパイルで options IPDIVERT を加えていなかったので natd が動かなかったの(いつも入れているのになぜか今回だけ抜けていたようだ)と、 /etc/rc.conf に gateway_enable="YES" を書かなかったのとで動かなかったことが分かった。
NAT 関係は設定完了し、内側から外側に自由に出られることの確認と外側から hps に http 要求を出すと Mac に飛ばし、それ以外は Gateway2000 で処理していることを確かめる。ftp も punch_fw して穴を開け、Mac に投げると ftp もポートフォワードできた。また、 gempaku 名でアクセスすると以前の gempaku のコンテンツが見えるようだ(これの原理は不明)。一応 gempaku の名前を譲るのは院生室の Mac にパスワード管理ソフトを入れてから、つまりそのあたりの作業をする科哲ガイダンス(4月6日)のときになるようだ。これで自分が gempaku に置いているものを4月6日付けで撤去することに決める。
K さんがやってきたのでメーリングリスト関係の設定を移す。fml であっさり行くかと思ったが、これも1時間ほど試行錯誤。メール自体は送信受信ともできているのだが、メーリングリストは mail to command is restricted と出て配送されないみたい。ただこのエラー自体は以前見ていて、そのとき include コマンドが実行されないので送れないという原因を知っていたのだが、設定ファイルを引き写したのにまだこのエラーが出るというのでちょっと混乱した。
それで何回か fml.org で ML を検索したりソースについていたドキュメントを見たりしたのだがお手上げで、なにが違うんだろうとパーミッションを調べたりしたのだが万事休す。以前動いていたころ(とは自分で突っ込んだ Postfix が動いていたのだろう)はどう書いていたのだろうといまの設定ファイルと diff 取ってみるとうまく動かなかった原因が氷解した。allow_mailto_commands で include を指定しないといけないところを、typo して allow_mailto_command としていたのだ。やはり人間の手や目に頼るのはよくないなと思った一日であった。
本日は3時に始めて9時に終わり、そのまま帰ろうとしたら H 先生が下北で軽く一杯いかがですかとのことなので4人で向かうことに。広島焼きのとある店に入る。
web をどうしようかという話。M さんは掲示板を置きたいそうだが、メンテナンスが大変なのと、荒れるか学生の雑談場所にしかならないということで反対しておいた。外部から来た人に向けて魅力あるコンテンツを作るとなるとだいぶ大変だと思う。ログを分析して検索のキーワードや接続元を統計的に処理してみたらどういうサービスが求められているのか分かるような気がする。
先生たちのことなど。野矢先生は論文の指導が厳しいそうだ。昔の大森先生の直弟子で厳しいころの雰囲気を残しているそうだ。けっこうファンがいるらしいが(そういえば前期課程の授業は外部のもぐりの人もいたな。自分は内部のもぐりだったけど)、あのスタイルは他人が真似したら失敗すると H 先生はうらやましがっていた。
本日は寮に帰ってもまたペンキに苦しめられるのかと思ったのでそのまま実家に逆戻りする。メールも読まずすぐ寝る。
8時半に着いたら新宿はどこもまだ閉まっていたので歩いて各地を回る。ヨドバシカメラは9時半かららしい。9時からやっているだろうとあてにしていた紀伊国屋も10時からだという。ぐるっと回って適当な場所がないのを確認したので、明治神宮まで歩いていって本を読む。UNIX の1/4世紀を寝っ転がりながら読む。ちょっと寒かった。セーターも来ていたのでわらたろうになってしまった。
10時50分ごろ神宮を出てソフマップに向かう。11時には開いていたようで、真っ先に地下1階へ。Let's Note コーナーへ行くと昨日の7時まであった S22 が消えていて、自分が買った S21J5 と同じ値段でもっときれいな S21 があったのでこれに変えてもらえるよう頼む。中古なので対応してくれるかどうか不安だったが、店員のおねえさんは追加の料金もなく無事変えてもらえた。法律的には変えてもらえるだろうとかごねなきゃいけないのかなあと不安だったがよかった。
というわけで学校へ。M さんはすでに来ていて、ZIP をつないで Mac のデータをバックアップ。こっちは POP サーバを立ち上げる準備。
H さんが見えたのでマイクロフィルムの撮り方を教えてもらう。最初 B4 じゃないとプリントできないみたいだったので倍率が10倍と 15倍の間のがないと余白(というより余黒?)が目立ってどうしようかと思ったが、マイクロフィルムの読み取り部を90度回転させたらぴったりはまるようになったので一安心。4月の第1週でささっとやってしまおう。
バックアップが終わったそうなので Mac の LAN ケーブルを引っこ抜き、Gateway2000 に hps の役目をさせることに。lftp で Mac から web のデータを mirror し、gempaku の htdocs に置く。ちゃんと外部からも見えているみたい。hps を本体として gempaku を alias するように設定し、リブート。
一応これでメール関係もうまくいっていると思ったので実験してみたところ、ちゃんと配送されていないみたいだ。newsodan や as、それに phiz からやってみてもだめ。ローカルの配送はうまくいっているのに。自分のところを宛て先だと思っていないみたいだ。
ゆうに2時間ほどはまって Postfix を2回ほど入れ換えたりもした(以前 2001年2月28日版の ports が出たとき packages も作っておいた) のだが(経験的に UNIX の世界では再インストールしても問題が発生している原理を理解していないと問題解決には役に立たないことが多い)、うまくいかない。ふと /etc/postfix などというディレクトリが目についたのでこれを /etc/postfix.prev と mv して postfix reload してみると、設定ファイルが見つからないというエラーが出る。むむ、以前 Postfix を手動で入れていたことなどつい忘れていたが、これが邪魔をしていたのか。
というわけで古いのは全部消してしまい、さらに sendmail は Postfix で置き換えてしまって ports の Postfix だけが有効になるよう設定したらちゃんとメールを受け取るようになった。当然のことながら hps 宛てのメールも gempaku 宛てのメールもちゃんと受け取ってくれている。ああ、よかった。
POP を外部に公開していてセキュリティ上困るかとちょっと心配であったが、よくよく聞いてみるとほとんど転送用途にしか使われていないようなので、アカウントを作るのは3名だけにして他は全部 /etc/aliases で配送するだけに決定。メールチェックするホストが決まっているなら /etc/hosts.{allow,deny} で制御したほうがいいな。それは今後使う人から聞いてみてということで。
WWW 関係は Mac でも動くようになったので natd で飛ばす設定にしたかったのだが1時間ほどかかってうまくいかなかったので中断。出ようとして K さんが見えたが、もう閉めるところで 10 時近くになっていたので明日に持ち越し。本日は9時間労働であった。
帰りは渋谷に出てインドネシア料理を出してくれるところでごちそうになる。K さんは日大の文理学部で中国の科学技術史を教えてらっしゃるそうだ。日大では4月から新入生にノート PC を配布して無線 LAN を張り巡らせるそうで、その話題など。東芝(Dynabook)か IBM(ThinkPad) が有力候補らしい。自分としても ThinkPad をプッシュしたが(K さんも ThinkPad X20 ユーザだし)、大量に購入しても IBM は割引率があまり高くないそうなので東芝に決まりそうだとのこと。ちょっと残念。PC の話題で盛り上がりすぎたのでちょっと反省。
渋谷から駒場に戻り、自転車で帰ってくると11時半になっていた。 106Bの部屋の内装がペンキで塗り替えられていて窓が開いていたので眠れる環境ではなく(寝たらラッカーで文字どおり死にそう)、布団を廊下に敷いて寝た。わびしかった。
2日目。5時半に目が覚める。することもないので家に帰る。7時半に着いたら父がもういないと思っていたのだが、まだいたのでちょっと気分が悪い。今日の仕事は自転車運びである。のんべんだらりとして午後3時15分ごろ出発、豪徳寺に到着したのは4時45分あたり。けっこう近いもんだ。
自転車で新宿まで足を運ぶ。まず駒場までどれくらいかかるか。家から成人式の日にもらった目黒区謹製の地図を持ち、迷いながら行くがほとんど一本道。30分もかからなくでびっくり。5時15分ごろ出たのだが6時前にちゃんと駒場東大駅前の三和銀行の ATM に来てしまったので(間に合わなかったら諦めようと思っていた)、ノート購入用に 12万円降ろす。そこから新宿まではさらにいつも通りかかったが、代々木駅南口の新ビルの近くに無料駐輪場ができていたのでそこに自転車を止め、紀伊国屋からヨドバシカメラ、ソフマップと回る。
ソフマップは8時閉店なのだが7時半ごろ到着し、104800円の Let's Note S22(Pentium MMX 266MHz, Windows98, 4.3GB HDD, モデムつき) を買うか、79800円の S21(Pentium MMX 200MHz, Windows95, 3.1GB HDD, モデムなし) を買うか店員さんをつかまえてブートなど見せてもらって悩む。
問題となったのはスペック的に25000円の違いがあるかというところだが、別にハードディスクの容量が 1GB 違おうが(足りなければ換装すればいいんだし)、CPU パワーがせいぜい 66MHz(1.3 倍) 違おうがあまり変わらないし、モデムは使う予定ないので、ここは S21 をチョイスした。型番は S21J5 で、Windows95 モデル、USB が対応しているのかと気にはなったが(コントロールパネルで見てもびっくりマークがついているし)気にしないことにする。スイッチ部にボンドらしきものが付着していて電源の入りが固いとか、S22 と比べてだいぶ外装が汚れているとか気になる点はいくつかあったが、5000円で保証もつけてもらって購入。
帰ってきてドライバーでばらしてスイッチ部の汚れを取ろうとしたが、うまく開かない。全部ネジは外しているはずなのに開かなくて焦る。スイッチ部はマイナスドライバで粘っているのを削ったら楽に点くようになったので、それ以上追求せずに閉める。
しかし問題が。スイッチ部の汚れがなんなのか分かった。ヤニである。そしてよくよく見ると汚れが異常に目につく。これだけならまだしも、そこはかとなくタバコの臭いが漂うのでこれは困った。Windows95 の起動が速いのは嬉しいのであるが(S22 で Windows98 を使うより速いと思う)、トラックボ−ルでポインタを動かすときゅきゅきゅとすりガラスを引っ掻くような音がするのにも参った。これは追加のお金を払ってでも S22 のほうに変えてもらったほうがよいかな。USB は BIOS で殺してあるだけらしいので、オンにしてみたら認識したようだ。
引っ越してくる。106B の部屋をもらったので(ロッカー、本棚、ベッド、机)荷物を置いた。z50 と LAN ケーブル、それに本3冊と当座の衣類など。電源タップがなく、バッテリが切れた z50 のためにヨドバシカメラまで行ってアースつきのタップを買ってくる。ついでにプロフェショナル BSD を見つけたので買う。ソフマップで Let's Note を見たので買おうと心に決める。
FMV に FreeBSD 2.2.8 with PAO を入れてみた。Perl がシステムに入っていないので問題なく入る。が、そこまでして FreeBSD にこだわる理由もない。入れてちょっといじったまま放置してある。
当分の間メールが読めなくなる(というかそもそもインターネットにつなげるのか?)ので z50 が止まっては困るということで、z50 は NetBSD/hpcmips に戻してしまった。川島さんたちごめんなさい。でも NIC の抜き差しごとに電源が落ちたり外から入らないといけなかったりって状況では、数ヶ月の間は困るので……。
というわけで NetBSD 1.5-RELEASE を X つきで入れる。X がないとコンソールの描画が遅いのでやってられない。カーネルの再構築には2時間15分かかった(NFS して)。1年ほど慣れ親しんだ SKK の環境を捨てようかと迷っている。Emacs 系のエディタは入れないつもり。
ちょっと思うところあって、私用で忙しくなることもあって、このページごと3月末で全部消すつもりです。まあ消さないまでも、もっと質素に、更新も停滞させる予定。理由は以前書いた通り、アウトプットよりインプットを重視したいということと、アウトプットの質を高めたいということ。計算機関係のことより学問的なことをしたいというのもあある。科学哲学関係で3つくらい調べて考えたいことがあるので、余暇でできる計算機のことより学生のうちにしかできない/やらないだろう哲学のことを大事にしたい。
とはいえ、東洋系の思想に興味があったのが高1から高3までの3年、西洋系の思想に興味があったのが高3から大学1年までの3年、計算機関係に足を突っ込んでいたのが大学1年から今年までの3年なので、なにか新しいことをやってみようという気分になっているだけである。もういまは哲学という雰囲気でもないし。これまでの10年くらいの方向性から考えると次行こうとしているのは工学(Engineering)あたりかな……。高校生のときの自分が大学生になったらこんなこと考えているなんて知ったら「堕落だ」と思うだろうな。
溜まっていた ML を読む。もう土日にならないと ML とニューズは読まない身体になってしまった。ニューズは購読するグループを縮小させているけど。
w3m-0.2.1 が22日に出ていたのでコンパイル。おお、なんか 0.1.11pre with kokb23-patch より速くなっている。w3m.el も使ってみようかな(でも Emacs 依存度を強めるのでやめとこう)。
detach していた screen を reattach したら make buildworld が終わっていたので make installworld する。ロードマップによると 15日から20日が 4.3-BETA、20日から25日が 4.3-RC(Release Candidate)、25日に 4.3-RELEASE ということであったが、どうやら RC の期間を3回取って 4.3-RELEASE が出るのは4月の15日になるそうだ。現在カーネルの再構築中だが、4.3-RC となるのだろうか、それとも 4.3-RC1 となるのだろうか。
ユーザランドを入れ換えてカーネルを make clean depend all install する(適当)。んで、リブートすると 4.3-RC となっていた。明日には RC-1 になっているのだろうか。mergemaster してもう一度リブート。
FMV の件だが、540MB の HDD をつなげてパーティションの切り方に気をつけて FreeBSD を入れてみたがやはりだめ。もう諦めて PicoBSD を使うことにした。4.x になって長いこと作れなくなっていたようだが、数ヶ月前作れるような話をどこかで目にしたので、挑戦してみる(前やったときは crunch で失敗していたが……)。カーネルを圧縮するために kzip とか必要だった気がする。ま、当って砕けろかな。ipf と ipnat が使えれば(もしくは ipfw と natd)最低限のことはできるので、カーネルと syslogd あたりが組み込めればなんとかなるかな。設定ファイルの類いは母艦で書き換えればいいし、遠隔ログインはできなくてもいいし。
FreeBSD はよく KON が使えなくなるのだが、なんでだろう。/dev/vga のリンク先が正しくなくなるせいらしく、いったん消して
# ln -s /dev/ttyv0 /dev/vga
などとして正しい tty を指すようにすればよい(どこで調べたんだっけ?)。
やっぱということで w3m.el を試してみる。form が使えない以外は w3m と同じく使える。うみゅー。migemo を w3m に組み込んで使うほうが便利そうではある。
PicoBSD の make で思い出す。kzip ではまったのもそうだが、kzhead.o が /usr/lib/aout にないと言われるので、
# cd /sys/i386/boot/kzipboot && make all install
しないといけないのであった。
がーん、
-- Insert the MFS image gzip -9cv fs.PICOBSD > fmnt/fs.PICOBSD.gz fs.PICOBSD: /usr/mirror/src/release/picobsd/custom/fmnt: write failed, file system is full gzip: stdout: No space left on device *** Error code 1 Stop in /usr/mirror/src/release/picobsd/custom.
とのこと。もっと削らないとだめかー。ということでカーネルのシェイプアップから始めたのだが、昔のオブジェクトファイルが残っていてはまる。make clean してから仕切り直し、しかしすっごく時間かかるなあ。メモリを 64MB にしてしまったからかな。
penpen にログインして penpen に新しい w3m を入れる。あれ、コンパイルできない……。ああ、apt ready にするとき gcc 関係消して回ったんだっけか。Vine も 2.1.5 がリリースされたそうなのでついでに apt-get dist-upgrade する。うりゃー
といきたいところだったのだが、入れ換えの最中なのか ftp.ring.gr.jp には 2.1.5 はまだミラーされていなく、しかも gcc も egcs も(というか RPMS 全部が)ないので sources.list は ftp.kddlabs.co.jp を指すように変更。うむ、2.1.5 もあるようだ。gcc 2.95.2 を入れて w3m をコンパイルし、インストール。よしよし。しかし OpenSSH が 2.5.2p1 なんてのになってる。なんだかなー
昨日学校に行って penpen で IceWM が使えず WindowMaker を使っていたら全然使い勝手が違って苦労したので IceWM も作っておく。む、こいつは c++ が必要なのか。これも apt-get install しておく。
しかし SRPM からリビルドできない……。こんなのに時間取られたくないので、同じ場所に転がっていた RPM から入れてしまった。忘れず setwm しておく。
PicoBSD の make であるが、kzhead.o 以外にも何個かはまり道がある。インストールが成功したらまとめて別に書こうと思うのでここではこのあたりで。
起きてメールチェックしていたら相談員の M さんからメールが来ていた。
というもの。前者は接続の度に小プロセスを起動するオーバヘッドを逓減するために前もっていくつか起動しておくもの(つまり意図されたもの)。後者はデフォルトで ~/public_html/cgi-bin/ 以外に CGI ファイルを置いても実行されない設定にしたので、それで問題が出たらしい。options ExecCGI を動かしたい CGI ファイルがあるディレクトリの .htaccess に追加してもらったら動くようになったそうだ。情報科学科で root 権限を持っている web サーバのメンテナンスをされているそうで、httpd.conf と言って通じたので助かった。daemonmaster にログインしたら偶然一緒したので write したが、どうも JIS で出ていっているみたい。というわけで英文で会話しましたとさ ;-)
んで学校。そういえば定期1月分買ったのに無駄になってしまった。払い戻しすればよかったか(でも今日は使うし、使ったら窓口は閉まるので払い戻せない)。とりあえず今日は払い戻さなかった。
掲示板を見ると、めでたく進学できたらしい。あ、成績表もらうの忘れた。今度もらいに行こう。連絡なくてずいぶん恐かったなあ。10年後夢見たら進学できないっていう悪夢だったりして :-P
事務室で相談員部屋の鍵を借りようとしたら、O さんが「いま上に S くんがいるようだよ」とのことでそのまま上へ。入ると、無線 LAN のステーションが6台ある。どうも4月から試験的に導入されるらしい。南棟に3台(とはいえ内1台は相談員部屋、1台は入出力室)、北棟に2台、それに加えて総合図書館などにも入るそうだ。シールに「ECC 駒場 1」なんてプリントアウトして貼りつけたり、ステーションの設定をしたり。S さんは最近工学部の研究室のほうで何台か設定したらしく、さくさく進む。「小町くんこういう設定のときは狙ってたように来るね」とのお言葉であったが、確かにそうかもしれない ;-)
そうそう、本題は FMV に入れる DOS のメディアと Windows 3.1 のメディア、それにドライバディスクとマニュアルを持って帰ってくることであった。500MB 超の HDD が認識できない件だが、ブートするパーティションが 1024 シリンダ以下にあればよいのでもしかしたらパーティションを適切に切ればそのままブートできるのか? これまで FreeBSD でも NetBSD でも Linux でも / と swap しか取ってなかったので(って高々 540MB しかないのに切ってもねえ。)はまっていたのかも。それなら / を 64MB くらいにしてもう一度チャレンジしてみるか :-)
無線 LAN は試験して評判のよかった Melco のものが導入されて、WEP なし(キーは外部に公開しないと利用できないので WEP 使っても無意味)、ローミングあり、DHCP ありで運用予定だそう。無線 LAN のカードは相談員にも本郷10枚駒場10枚貸与らしい(枚数には変動あるかも)が、駒場のぶんに関してはミーティング出席者優先(本郷はミーティングがそもそもないらしいのでどうなんだろう)だそう :-) みんなミーティングに出ましょう ;-) ;-)
そして Mac OS X が3月24日(つまり明日)発売なのだが、これは注文することになったらしい。W くんから「Public Beta を購入した人はその金額分ディスカウントされる」という話だったのでそれを伝えたら、T 先生はそんな話は知らないという。AppleStore を見てもそれっぽいことは書いていないので自分でも調べたら、最初は割り引く予定であったがその後割り引かない方針に変更したようだ。なんかこんな感じでいつも T 先生にはデマに近い(自分が言っているときはそれが正しい情報だと思っているが、調べてみると間違っているので結果的に嘘だったり)ことを伝えているので申し訳ない(割り引かれるという情報が流れたのは確かだが)。検索してみて、ある情報が存在するのを見つけるのはある程度簡単だが、ある情報が存在しないのを確認するのは非常に難しいことを知った(考えてみれば幽霊にかぎらず存在しないことを証明するのは一般に難しいよな)。
そんなこんなで5時まで設定作業に従事して、それからベルグソン勉強会。今週は最後の回で、概要を扱う。先週 T さんが「概要をさらにまとめるのって、テレビの番組表の要約を作れと言われるみたく難しい」と喩えていたが、この比喩は言い得て妙だと思った。とはいえ、一度全部当たったところなのであまり議論にならずあっさり終わる(自分が2時間遅れていったせいだが、それでも開始して30分しか経っていなかったそうだ)。以下、M くんの卒論相談会。
といいつつ卒論ってもっとテーマを絞ったほうがいいよとか、古典を読むのってその人の胸を借りて問題の立て方やほぐし方を学ぶものだから、ちゃんと学部の卒論は誰か1人の著作を追って自分の問題意識に沿って書いたほうがいいよという話。なんか単なる論文生産機になってしまいそうだが、それくらいの意識でコンスタントに成果物を出さないと研究者としては肩身が狭いのかな。
引っ越しの準備、全くせず。make world する(25日に 4.3-RELEASE 出るそうだが)。こんなんでいいんだろうか。
fj.comp.lang.perl を斜め読みしていて Windows CE で Emacs 20 が動くという話を耳にしたので挑戦してみる。MIPS 機では Compaq で実験していると書いてあったが、もしかして Compaq のは big endian? レジストリをいじってみたが、うまく動かず。ソースはあるのだがコンパイルには VC++ が必要だと。O 島に譲ってしまったのだが、コンパイルのために返してもらおうかなあ。使っていないそうだし。ただこの Emacs 20 起動が重い……(Nemacs くらいの軽さにならないものだろうか)。
daemonmaster に入って多少作業。まだよく構造を把握していない。スクラッチから書くかな。
突然代ゼミから電話が。バイトは合格だったらしい(というか合格を前提に話がなされていたので、合格なんだろう)。というわけで今月末から来年3月まで忙しくなり、かつ夜中には IP unreachable になるので、このページの更新も滞りがちになるかも。それ以前に部屋の整理をしないとなあ。
身の回りの整理をしようと ADSL を解約しようとしたが、リムネットのサポートにメールをすると半年は解約できないらしい。開通前は「いまなら解約できますが」と言いつつ、ちょっと1日考えさせて、と伝えたら、翌日には開通したから解約金が発生します、との応対だったのだが。とはいえ十数通質問メールを出して24時間以内に返事があるので、リムネットのサポートは非常に丁寧だと思う。どうせ FreeBSD 機も外れるので USB タイプの Windows 2000 機でいいという説もある。
ALLNET を解約しようとサポートセンターに電話をする。しかし全然だめ。ここはいつも電話をかけるとつながらない、最悪のサポートセンターだったことを思い出す。これまで何回とかけているが、つながったことは1度しかない。その1度も「技術担当の者がおりませんので明日までお待ちください」などという内容だったし。J-COM がひどすぎるから TITUS のころはよかった、と思いがちだが、考えてみれば ALLNET もしばしば止まっていたしサポートも(メールですら返事が数日かかる)悪かった。自己責任で NAT 使ってもよいとしてくれたのはありがたかったが……。
今日から兄が合宿で、合宿の最中に就職活動関係のメールが来たら困るというので VAIO を持って行って向こうでメールチェックをしようとしたが、ダイヤルアップのアカウントとパスワードを紛失したというので設定ができなかった。ログインできなくてもメールが読めるからって捨てるなよ :-P
本格的に J-COM (とはいえ移行キットが送られてきたのにまだ ALLNET で接続している)からおさらばするため、暫定的に eAccess でつないでみる。USB タイプのモデムで Windows 2000 対応のドライバはまだ CD-ROM に入っていないので、ネットワーク経由で取り寄せる。ADSL 以外に接続手段がない人にはタマゴとニワトリの関係になっていたであろう ;-p
さくさくとインストールして試用してみると、830kpbs と出る。まあこんなものだろう。J-COM も回線増強して下り 700kbps くらい、上り 100kpbs くらい出ていたので体感的にはあまり変わらず。もしかしたら上りは eAccess のが速いかもしれないが。6ヶ月は解約できないそうなので、月6000円は高いが(とはいえ J-COM に払う金額とほぼ同じ)我慢するしかない。NAT してもいいそうだし……(でもわが家のクライアントは1台しかいない ;-) )。
それに伴って ALLNET づけのメールアドレスが消滅するので、弟 S に usata.org のアカウントを発行しておいた。送信受信ともできているようである。自分も ALLNET のアカウントはメールマガジンとニューズ用(つまり SPAM が来てもいいように)に使っていたので、この役目をどうしようか考えないと。ニューズは学校のアカウントで投稿してしまうかなあ。今後ニューズ自体読まなくなりそうだけど。
父に Windows 機を1台用意してくれと頼まれていたので、件の Windows 95 機を消して Windows 98 機にすることに。何回か自分も電源を入れたのだが、やはり Windows 98 と微妙なところで使い勝手が違って消耗するのだ。ちなみに Windows Me も Windows 98 とこれまた微妙に違うので嫌な感じ。DOS モードないし、自分では絶対使いたくない OS だ(まだ Windows 2000 のほうがまし)。
うーむ、やはり Windows のインストールは非常に面倒。Windows 98 でまず Windows Update を、と思ったら、スタートメニューから選択しても URI がないと言われる。サポート打ち切ったのか? Microsoft のことだからなんでもありかと思い、あっさり流す。……つもりだったが、Internet Explorer を入れるためだけに15分も費やさされたので、非常に腹立たしい :-(
Internet Explorer 5 を入れたのでやっと Windows Update が使えるようになる。Windows 95 は Windows Update が使えないだけで相当メンテナンスが面倒だが、Windows 8 も素のままでは Windows Update できない OS になってしまったか。悲しい……というほどには Windows に対する愛はないけど ;-p
というわけで Windows のセキュリティホールを塞ぐ作業。J-COM を解約したらたぶんこの PC はインターネットにはつながないで使われるのだろうが、ある程度アップデートはしておいたほうがいいということで。
その後 Windows 98 SP1、そして Office を入れたので Office 2000 SR 1 と SP 2 と立て続けに入れる。しかしなんで Office ってこんなにインストールが遅いのだろう。すごく不思議。
ALEXANDRITE を読む。前読んだときどう感じたのか思い出して、自分の中にもそういう気持ちがあったのだとちょっと驚く。
こんなふうにしているのもあと3日か。4月からは別な人になろう。
ちょっと最近自分をインターネットから切り離す工作中。計算機自体からも遠ざけている。I/O 比で最近 Output が多い(が S/N 比だと Noise のほうが多いと思う :-P )ので、ちゃんと Input しようかと思って。今年の秋でちょうど計算機に触れて3年目なので、一区切りつけるという意味もある。結局3年以上は興味が続かなかったな。残念。
Linux-VR の新ディストリビューションの名称は川島さんが Linux-MC に決定した。Mips Craft の意味らしい。開発環境が今日の朝からダウンロードできるようになったそうなので、暇なとき構築して作業しよう。ちょっと気軽に Microdrive 読み書きできなくなったので苦しいけど……。
www.sodan のドキュメント、CVS で管理するか、あと階層構造をどうするか(現在はカテゴリ別になっているがシステム更新の度に FAQ など大きく変わるので年度別にしたほうがいいんじゃないか)などの提案を tutors に投げる。tutors も自分があまり書かないようにしている(駒場の意見の代表だと思われても困るし; しかし自分以外に投稿する人いないなー)。最近の A 先生の投稿など、反応したくなることも多々あったが、さらさらっと書いて投稿するより思いとどまるほうが難しい ;-p
newsodan の 22番ポートを titana から penpen に変更するため学校に出向く。今日はもう1月定期を買ってしまう。さすがに学校も始まるだろうし8回は行くだろうと思って。これまでの通学路をちょっと変更し、田無——西武新宿——(徒歩)——京王新宿——明大前——駒場東大前とすることに。田無から西武新宿まで1月3000円、京王新宿から駒場東大前まで1月2000円である。生まれて初めて通学定期が2枚に分離してしまった。ただこの経路だと行き帰りすごく混むので、たぶん新学期になったらこれまで通りに変更してしまうと思われる。実際今日も帰り人いきれで吐きそうになったし :-(
帰りヨドバシカメラに寄ってみる。さくらやの書籍がろくでもないのは学習したが、ヨドバシはもう少しましだったような気がする。しかしここもいいのないな……。今日は Life with UNIX か UNIX の環境設定かどちらかを買おうと思ったのだが、置いてない。月曜渋谷を歩き回って大盛堂で Life with UNIX を見つけたときはお金がなくて(Life with UNIX は3000円)久野先生の入門 WWW を買ったのであった(昨日と今日で全部読んでしまった)。
それならと小田急の10階の三省堂に行く。しかしここにも目当ての本はない。しかしよしだともこのルート訪問記の書籍版が置いてあったのを発見。これも3000円するので買おうかどうかさんざん悩む。思えば UNIX USER をかつて買っていたのはルート訪問記があったからというのが相当大きい。新装開店して内容が激しく初心者向けになってしまったので買わなくなったが :-p
しかし書籍の形であるのは初めて見たし、web 上にあるのはけっこう読んだはずなのにまだ見たことない話がけっこうあったし、というわけで、とうとう購入しました :-) 一期一会ってね、こういうのは見かけたときに買っておかないと二度と手に入らなかったりするし……。
ふと横を見ると Software Design の4月号が出ていた。が、新宿の大きい店に献金する気はあまりないので、田無まで帰ってきてから地元の行きつけの本屋で買う。いつも立ち読みでお世話になっているので、こういうところでお返ししないとね :-)
Eudora でマルチユーザが共存できない件であるが、J くんの通う都立大では確か APOP かつ Eudora だったよなあということを思い出し、あっちではどうやっていたかと考えたらフロッピーに個人のデータを保存していたことに思い当たる。物理的にプライバシーを保護するのね。iMac じゃなくて G4 だったからフロッピーは使えるだろう、ということで、そういう解決策をメールしておいた。これで解決すればよいのだが。
さくらややヨドバシカメラが通学路になったので最近よく帰りに寄るのだが、ThinkPad の B5 サイズラップトップの右端のキーたちはあまりに迫害されていないか? 前も気になって書いた記憶がある。A4 サイズのは適正な大きさなのだが、B5 サイズのキー配列はちょっといただけない。あれじゃあまりにかわいそうだ。A4 サイズはあまりにでかいので買うなら B5 だが、自分ならあの配列に我慢ならなくてそれだけの理由で A4 にしてしまうような気がする。US のキートップに変更したら普通だったらよいのだが(日本語106配列で使う気はさらさらないし)。
