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2001年9月中旬の出来事

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9月20日×進振り

今日発表らしい。悲喜こもごもといったところか。掲示板には人だかりができている。

液晶が死んでしまった rico を修理に出すべくバックアップなど。帰ってきて別人になってたらどうしよう。液晶だけやられているのは明らかなのだが。

2時間ほどかかってバックアップ終了。dump 1af として差分バックアップを取ったのにあまり早くならなかった。と思ったら、restore したファイルからだったからのようだ。次回するときはインクリメンタルバックアップで高速に動作してくれることであろう。

madin さんと相談員部屋でほえほえしていると、taku さんが友人を連れて入ってくる。なんか仕事の話をしているみたいだ。来学期相談員に誘っていた ;-)

その後 garmy さんも登場。あまり元気そうではなかったが、夜には回復したらしい。Debian の再インストールをしているようだ。

バックアップが終わったので修理センターまで足を運ぶ。駒場から新宿まで自転車で20分なのだが、どうも肌寒かったのと、なぜか自転車で行く気がしなかったので5分くらい逡巡して結局電車に乗る。

新宿まで行き、某所の修理センターに愛機を預ける。修理まで最長4週間かかるらしい。前回もそう言われて2週間で帰ってきて嬉しかったが、今回は今日から2週間でも秋休みは全然いじれないことになってしまう。せっかく ruby 本買ったのになあ。


9月19日×PCR(後編)

実験の続き。今日は電気泳動にかけ、成功したか見るのだが、どうやら失敗だったっぽい……。全くバンドが見られず。成功した人も4/7ほどいる。失敗した人のために、もと精度を上げる nested PCR という方法でもう1回実験をさせてくれるらしい。PCR で2回処理するのだそうだ。来週乞うご期待。

# 一昨年も全くバンドが出なかったような……

生協ではまだ BSD Magazine を入れてくれていない。3ヶ月前の Vol. 08 が未だに平積みになっている。なんだー。渋谷まで出かけて買おうかな、とまで思う。が、明日を待つべし。緊縮財政のいま、生協の1割の割引ってけっこう大きい。そういえば割り戻し金って受け取ったんだっけ?

寮に帰ってきておもむろにサスペンドしていた PC を復帰させると、どうも画面が出ない。電源が入っていないのか? と訝ったが、角度によってはかすかに見える。はぁ、また液晶を飛ばしたのか……。今回はけっこう部品を入れ替えているのでデフォルト状態に戻すのが結構大変。また2週間携帯端末がない生活に戻るしかないか。オークションで買うとこういう自体に遭遇したとき困るので、店で買うのがやっぱり安心だな。3年保証なので当分の間は多少やられてもなんとかなるのだ。

# かといって壊れないでほしい :-(

仕方ないので寮 PC を使う。学校につながらない症状は相変わらず。2時間くらい格闘して調べてみたところ、なんとルータの WAN 側に割り当てられるべきグローバル IP が全く違ったものになっていた。いつもなら 210.149.x.y なのが、61.a.b.c みたいのになっている。おいおい……。PPPoE でアドレスを取得しているので切断してつなぎ直すとあっさり復旧する。KDDoI さんも ECC につながりにくいっぽかったので Flet's の問題かと思っていたら、全然違ったみたいだ。

しかしなぜグローバル IP が割り当てられたもの以外になっていたのかは不明。メールも届かないだろうに。困ったもんだ。

FreeBSD 4.4-RELEASE がやっと出た。さて、各所のサーバをどうするか。RELENG_4_3 から RELENG_4_4 に上げるのはやっぱりちょっと恐い。タグ自体は数日前から打たれていたみたいだけど。

後学のためにテレビ東京深夜24時45分から放映されている某番組を見たら garmy さんに「フケツ」と言われたので 冗談のつもりで Debian インストールをからかったところ、本人は深く傷ついていた模様。反省。うーん、でもその事件はショッキングだよなぁ。

Debian とかけてぷにぷにととく。そのこころは?
「ぷにぷにでもいいのよー
無理に痩せないでぷにぷにのほうが
柔らかくて気持ちいいしー」(←でぶ慰安)

……


9月18日×PCR(前編)

結局 IMAP 部分は自分(つまり Lavie に実アカウントがある人)だけ cram-md5 対応にし、他は pop3s/imaps(login 認証) で対応することにした。ともあれ、実家でインターネットに接続できないかぎりいくらこちらで設定しても意味がない。とりあえずアカウントは作ったのでメール自体は個々の人のメールボックスに振り分けられるが、まだ彼らが読める状態ではない。あちらが終わったらこっちの残りの設定をするか。

ノート PC で仮想 CD が使えると嬉しいので、それっぽいアプリケーションを探す。loopback device でマウントできればよいのだが、と思っていたところ、Daemon tools を使えば CloneCD した CD をマウントできるらしい。今度試してみよう。

ネームサーバの設定はあっさり終えたつもりだったが、いまのところ外向きのネームサーバしか立っていないので、中と外を行ったり来たりするノート PC からはアクセスが面倒。やはり内向きのサーバも立てないといけないかな。listen する IP を制限して2つ立ち上げればよさそうなので、あとで設定してみる。

13時から16号館で PCR 法の実験。髪の毛の毛根細胞と頬の内側の細胞を採取して処理し、PCR で増やして自分の遺伝的特性がどうなっているのか調べようという学生実験。ドーパミンのレセプターの遺伝子を調べ、新規探索行動(危険なことをしたがる傾向)との相関を見るらしい。

1日目の今日は細胞から DNA を抽出するだけで終わり。今日から明日にかけて DNA を増幅するので明日電気泳動にかけてどうなっているのか調べるという。フェノールを手にかけたら皮膚が白くなってしまった……。

結局内側と外側のネームサーバを立てた。まあ、こんなもんだろう。

寮から u-tokyo.ac.jp につながらなさすぎる。KDDoI さんもつながらないと書いているが、いまもいつ止まるかとヒヤヒヤしながら更新している。新種のワームのせいかもしれないが、こういう日は寝るに限る。


9月17日×白衣

先日実家に帰ったら母が「おたんこナース」を買って愛読しているらしかったので、月曜全部読んだ。スピリッツに連載されていたころは最初から全部読んでいたのだが、ラストだけ記憶になかったので読んでいなかったみたいだ。スピリッツを読むのを止めたのは高校2年か3年あたりだから、ちょうどそのころだろう。似鳥ナースよりきっとうちの母のほうがおたんこ度高いに違いない ;-)

今回実家から持って帰ってくるものは何もないなと思っていたのだが、帰ってきてからメールを読んで、今週の火曜と水曜に実験があることを教えてもらったので、白衣を持って帰ってくるのを忘れたことに気がつく。実験があること自体は2週間くらい前から知っていたはずなのに、なんで毎回持って帰らなかったんだろう……。

自宅サーバに FreeBSD(98) 4.3-R が入ったので作業 PC から環境を移行する準備。少しの daemon さえ動けばあとはどうでもいいので、生活環境としては vim を入れるくらい。X も要らないし(X 自体はそこそこの速度で動くことを確認)。日本語も PC98 だと kon や jfbterm 使わなくてもデフォルトのコンソール(gcd)だけで表示・入力ともにできるし、これは大きなアドバンテージだが、ASCII 文字や日本語のフォントが汚いのはマイナス点。ま、どうせネットワーク越しにしか操作しないし、大した問題ではない。

白衣の件 madin さんに話したら持ってきてくれた。ちょっと大きいのをいつも着ているらしく、大きさもちょうどよい。というわけで、この白衣を借りて実験に出よう。買わずにすんで助かる。

takeki くんが20時から仕事に入るはずなのだが一向に姿を見せない。18時には部屋にいたのだが、20時30分ごろ内線をかけてもつながらないし、外に出ていったのかと思いきや、21時40分の見回りのとき見たらいるし……。帰ってきたら一声かけてほしいもんだ。結局勤務時間を忘れていたらしい。これで彼は2回目。勤務に遅れてくるのも日常茶飯事だが……。

Lavie を takeki くんの部屋に置かせてもらったので設定を始める。ネームサーバは rico で使っていたのをそのまま移植する。ノート PC なので /etc/rc.conf に pccardd_flags="-Z" を加えておく(加えないと PC カードが初期化される前に bind が上がってしまい、外向けの IP を listen してくれない)。こちらは簡単。

が、メールサーバがかなり手強い。自分だけが使うなら現在 rico で動いている courier-imapd + postfix の環境を移行すればよいだけだが、兄と弟が @usata.org なアカウントを使うことが決定していて、しかも彼らは Windows な人なので CRAM-MD5 だとうまく使えないし、IMAP を選択してもらうことすら不可能かもしれない。うーむ。


9月16日×SO-DIMM

帰りに眼鏡屋行ったら日曜なので閉まっていた……。不覚。眼鏡をかけはじめたのは小学校3年生のときからだが、中1と高3のときそれぞれ度が合わなくなったので作り直している。それらの記録があるのはあの眼鏡屋さんだけなので継続してお願いしたいところだが、また休みを潰して行くのもなんなのでこっちで済ませるかもしれない。

本屋に寄って BSD Magazine を読む。お、武者さんが portupgrade について書いている。他の *BSD や Linux のパッケージ管理システムと FreeBSD のパッケージ管理システムってけっこう違うんだよな。ということも武者さんに教えてもらったんだけど ;-P

寮に帰ってすぐメモリの取りつけ。Let's note S21 は購入時そもそも 64MB のメモリが増設された状態で出荷され、オンボードのメモリと合わせて EDO のメモリで 96MB が最大だということで売られているのだが、FPANAPC あたりの情報を見ると普通の PC100 SO-DIMM が増設できてしまうらしい。これは挑戦すべし、ということで昨日 128MB のメモリを購入した次第である。

Let's note S21 のメモリは本体を裏返すとすぐ見えるカバーを外せば交換できる。ドライバーも必要ないので簡単。ものの10秒で換装終了し、電源再投入すると最初の起動だけ BIOS に「メモリの容量が違う」と怒られるものの、160MB の設定で保存すればそのまま使える。完璧だ……。

そして余ったメモリは LaVie Nr13 に進呈することに。こちらはドライバで本体裏のディスプレイ下にあるネジを2つ外し、キーボードの肩に被さっているカバーをスライドして外すとキーボードが持ち上げられるようになる。キーボードのすぐ下にメモリ増設スロットがあり、もうすでに1つは埋まった状態になっている(32MB)。そこで空いているスロットにおもむろにさっき外したメモリを挿す。ちょっと押し込むのに力が要り、みしみしっと音がするのでびびる。が、問題なさそうなのでキーボードを戻して電源を入れるとちゃんと認識された。96MB になった……感動。

# ただでさえメモリチェックに時間がかかるのにさらに長くなった ;-(

結局 Plamo(98) は全然分からないので消してしまうことにした。FreeBSD 3.5-R だとまだ HDD が wd ドライバで動いて、bad144 というユーティリティである程度まで不良セクタが発生していても代替できるからだ。

試してみたところ、どうも bad144 を使ってもだめみたい。というわけで、FreebSD 4.3-R に思い切って上げてしまい、適当に HDD を切って不良セクタの領域だけパーティションを切らないで行こう、との判断に達する。

2.5GB 相当のところまでは問題ないことが分かっていたので、残り 500MB を 100MB ずつ増やしたりして見ていくと、どうも最大領域を割り当てたときだけ HDD が発狂するらしいことが分かる。最後の 1MB だけ残してあとは普通に切ったら問題なく使える。よし、これで FreeBSD 4.3-R がインストール成功。あとは設定だ。


9月15日×吉祥寺

友人と一日過ごす。Yahoo! BB を使うのに必要なものは、と言われたのでとりあえず新宿に行って NIC を探す。たまたま NETGEAR の NIC が 1180 円だったのでこれを使うとよいと進言する。256MB, PC133, CL3 の SDRAM も2780円だったので買ったようだ。ううっ、HDD が T-ZONE だと Sofmap より3000円安かった……(Sofmap が高いという説あり)。悔しいのでノート用の 128MB PC100 SO-DIMM を買う。2780円なり。

新宿から吉祥寺に行き、そこで別れる。眼鏡のフレームを直すため今日は実家。しかしまだ Flet's ADSL は使えないらしい。オンラインだと1日なのに、電話で申込書を取り寄せて書いて送り返し、さらに向こうで設定されたものを送ってもらうとなると、2週間かかるそうだ。うーむ。

母は某所の老人ホームで6月から働いているのだが、これまでは「ああ楽しい」と毎回言っていた(恐らく強がりだろうと思っていたけど)のが今回帰ったらぐちを言っていた。まだ母がぐちをこぼすまでは悪い事書くまいと思っていたが、もう解禁だと思うので書いてしまおう。

まず初めに。180cm のおばあさんが入所していて、普通は褥瘡(床ずれ)を防ぐために2時間に1回身体を動かさないといけないのだが、大きくて重いので介護さんもやりたがらず、身体を動かしたことにして書類には書いて誰もやっていないのだそうだ。また、紙おむつも交換しないといけないのに大きいもんだから全然交換しないのだと。母がもっと力あれば(すごく小さいし力ない)自分でやるそうだが、以前挑戦してその日1日動けなくなったからとてもやれないという。床ずれを作るのだけは看護の恥だ、と悔しがっていた。幸い娘さんが介護の心得のある人だったので、この老人ホームに入っていたら絶対よくならないから引き取りなさいと伝えて引き取ってもらったそうだ。

次に勤務時間について。遅刻は1分でもしたら(タイムカードがある)給料から5000円天引き。早引けは2000円天引き。先日自分の時計で5時半になったからとタイムカード押して帰ったら、次の日理事長に呼ばれて「あなたは5:28に帰ったから2000円カットね」と言われて実際カットされたらしい。その他、無断欠勤は給料から20000円天引き。こんなのって労働基準法で許されているのか?

さらに、院長に楯突く人は即首。お局が4人くらいいて、担当は必ず新入りとお局とペアで勤務に入ることになっていて、逐一お局から院長に新入りの仕事ぶりの報告が行くらしい。規律違反があると職員全員の前でその人を名指ししつるし上げるそうだ。また、院長が酒も煙草も飲まないので、院内で喫煙したものも理由の如何を問わず首。入って1日で辞める人や3日で辞める人、1月で辞める人が多数いて、4ヶ月しか働いていない母がもうすでに古株になっているという。

どこも老人ホームは大変なのは分かるが、これはいくらなんでもおかしい。そのうち告発されるんじゃないのか?


9月14日×金曜日

昨日は TOEFL で睡眠時間が1時間半しかなかったので、1時過ぎに力尽きる。今日は12時に起きたにもかかわらずまだまだ眠い。今晩も早く寝るかな。

相談員部屋に行ったら madin さんと masa くんがいた。madin さんは Windows 2000 をセットアップしているところ、masa くんは IMAP サーバにメールが配送されない問題を調査しているところ。

madin さんが山手ラーメンに行こうと言うのでみんなで出かける。台風のせいかテント村が強化されていた。

山手では今回こそゆきラーメンをと注文したのだが、なぜかねぎラーメンが出てくる。ねぎはねぎで香ばしくてすごくおいしいのだが、今日はゆきラーメンが食べたかったのに……。もったいないのでねぎラーメンを食べた。madin さんがゆきラーメンを少し分けてくれた。ありがとう :-)

生協の書籍部に行って BSD Magazine を探す。まだ入っていない。昨日には店頭に並んでいる書店があったというのに、品揃えが悪いなあ。夏休みだから仕方ないのかもしれないけど。

LaVie に Debian/98 を入れようと画策していたが、NIC を忘れたことに気がついて断念。FD に全部コピーして入れるのは大変だし。代わりに Windows 98 のセットアップをすることに。1時間に1回ブルースクリーンになったり、Windows の保護違反が1日に1回出たりと納得のいかない OS ではあるが、ディスクの肥やしにするだけじゃなんだし。恐らくこの FAT 領域は単なるファイル置き場として使われるのだろうが……。

Windows だと CapsLock の位置に Control がなくて非常に打ちにくいので変更する。デスクトップのキーボードだと左 Control が左手の掌で押せる位置にあるので問題ないのだが、ノート PC だもんでその位置には Fn があって押せないのである。

変更には窓使いの憂鬱を使用する。スタートアップに登録し、ログインしたらすぐ使えるように。おお、メモ帳でも Emacs 風の編集ができるので Meadow も NTEmacs も要らない。すごい。

masa くんが外出、madin さんがお昼寝の中 garmy さん到着。また .htaccess の変更を忘れていて日記がずっと読めなかったらしい。すまん。1日11日21日に cron で回してしまおうかなぁ。

せっかく Windows を入れたので favicon.ico なるものを作ってみる。paint を入れていなかったので[コントロールパネル]→[アプリケーションの追加とインストール]からインストールして、ごちゃごちゃと paint で 16x16 の自画像を書いて IrfanView を使って ico ファイルに変換。hps に転送して /usr/local/apache/htdocs/favicon.ico に置いた :-P

# おお、ブックマークに入れると謎の画像が……

無意味にディスク容量があるので Netscape 4.78 と Netscape 6.1 もインストール。IE と Netscape 4 はクリックした瞬間起動するのだが、Netscape 6 は(FreeBSD 上の Mozilla 0.9.3 よりは速いのだが)重い。だめすぎる……。

FreeBSD-users-jp ML によると、PC Weasel 2000 なんてものがあるらしい。シリアルで画面も送れてコンソールの作業ですらリモートで行なえるようになるという。さすがぷらっと、こんなのも取り寄せるのね……。

LaVie に FreeBSD 4.3-R を入れようとするが、どうも入らない。HDD に不良セクタがあるのが問題らしい。こればかりはどうしようもない。バッテリが切れたことを知らないのでいっぺん電源をぶちっとやってしまったことがあって、そのときやられたのだ。

5回くらいやってもどうも無理っぽく、これは困った、ということで Debian/98 をインストールすることに。ftp.debian.or.jp/debian-jp/potato-jp/dists/disks-pc98 からインストーラをダウンロードし、インストール。どうも PC カードが使えないので FD を4枚使って交代で差し替え、なんとかインストール完了。

しかしインストール後も PC Jードが使えない……。pcmcia-cs が 3.1.8 なのがいけないのかと思って新しくするべく努力するが、Debian でパッケージをどうやったらリビルドできるのか分からず苦戦。カーネルのソースの受け渡しも FD 経由でやらないと、ということで 2.4.7 のソースを split したりもしたが、肝腎の gcc からして入っていないようなので挫折する。

これは Plamo かなあ、と思ったが、まともに wd ドライバを使っていた 3.5-R や 2.2.8-R のころの FreeBSD ならもしかしたら、ということで一縷の望みをかける。

PAO(98) のページから 3.5-R 用の PAO98 をダウンロードしてきて ftp.jp.freebsd.org から 3.5-R の bin を持ってきたが、どうもインストールのときにこいつも HDD を正しく認識していないっぽい。案の定、入れ終わって再起動したらブートせず緑の線が画面に広がってフリーズ(NumLock などは生きている)。2.2.8-R かな、こりゃ。

FreeBSD 3.5.1 より前のリリースはもう本家には置いていないので、ftp.kddlabs.co.jp/FreeBSD-old/ の下から引っぱってくる。ここには 2.2.5-RELEASE と 2.2.8-RELEASE が置いてあるのだ。2.2.5-RELEASE はたぶん PocketBSD 用なんじゃないかと思う。2.2.8-RELEASE は 2 系列最後のブランチということで置いてあるのだろう。

そこで 2.2.8-R の PAO(98) を使ってインストールする。バッドセクタがあることは分かっているので、バッドセクタの走査も行なう。FreeBSD の巨大なパーティションを切って(思えばこれが間違いの元であったか……)スライスの中を分割し、おもむろに commit。すると、いつまで経ってもチェックが終わらない。心配になってログの出るコンソールを GRPH + F2 で開いてみると、bionode full なんてエラーが大量に出ている。上を見せろとばかりに ROLL UP を連打したところ、なぜかリブートする。そして、それ以降どうやっても PAO(98) のインストーラからは HDD が認識されなくなってしまった……。HDD 自体が見えなかったり、見えたらデバイスのプローブのところで page fault してしまったり。FreeBSD(98) とはつくづく縁がないのかも。

明日は10時半に下北沢に行く用事があるのだが、Plamo(98) がインストールできないことには、という使命感だけで突き進む。Plamo(98) の Plamo-2.2 を wget で全部持ってきて NFS インストールする(ftp インストールができないため)。

手順は大きく分けて3段階。

  1. fdisk98 でパーティションを切ってインストールの設定
  2. NIC を認識させる
  3. 母艦で NFS が使えるようにする

パーティションを切ること自体は簡単で、Plamo のインストール FD から起動して root でログイン(パスワードは要らない)、fdisk98 と入力してお好みに切って再起動すれば終わり。再起動後は setup と実行する。

NIC の認識がちょっと面倒。自分が使ったのは corega EtherII PCC-T というものなのだが、これが Plamo 付属の pcmcia-cs では認識できない。そこで、/etc/pcmcia/config.opts に以下の設定を加える。

card "corega EtherII PCC-T"
  manfid 0xc00f 0x0000
  bind pcnet_cs

card の名前と manfid は抜き差しすれば見えるので、他のカードでも認識しなかったら適宜確認して書き替えればよい。このカードは NE2000 コンパチなので pcnet_cs をバインドする。

……と書くとさも簡単に書き替えられると思われるかもしれないが、なにぶんインストーラなもので Emacs はおろか vi もなく、さらに ed ですら使えないので

# cat >> /etc/pcmcia/config.opts
card "corega EtherII PCC-T"
  manfid 0xc00f 0x0000
  bind pcnet_cs
[Control-d を入力]

なんてして追記するしかない。

この修正が終わったら cardmgr に変更を伝えるため、プロセスを再起動する。

# kill -HUP `cat /var/run/cardmgr.pid`

再起動しないといくら変更しても意味ないので注意。また、全体を再起動してしまうと /etc/pcmcia/config.opts は RAMDISK 上にあるので変更が保存される悲しい思いをする。

cardmgr を再起動したら NIC を抜き差ししてちゃんと認識できたかどうか確認する。動いているようなら次は母艦の設定である。

NFS の制御は portmap, rpc.statd, nfsd で行なう。アクセスコントロールは /hosts.{allow,deny} と /etc/exports を使う。

そういうわけで、まずファイルの設定から行なう。portmap を通してくれないとクライアントからの要求が nfsd に伝わってくれないので、/hosts.allow でちゃんと portmap を通すように設定する。

portmap: 192.168.1.10 : allow

みたく、通す IP を直接指定するのがよいかも。

次に、公開するディレクトリを /etc/exports に書く。

/exports -alldirs -maproot=nobody 192.168.1.10

のように書く。-alldirs をつけないとサブディレクトリまで再帰的に export してくれないので、ちゃんと指定する(はまった)。-maproot も nobody でパーミッションが出ない場合は root でマウントする。/exports のところは任意の公開したいディレクトリを書けばよいが、パーティション単位で export することに注意。シンボリックリンク不可。/ と swap にしか切らない Linux 流の切り方をしていると dump & restore や NFS のときちょっと気持ち悪いんだよな。

ここまで設定が出来たら portmap, mountd, rpc.statd, nfsd をそれぞれ起動する。設定があっていればこれで NFS が使えるはずなので、Plamo 側でそれを見られるようにインストーラから設定する。設定ができているか Plamo はちゃんと訊いてくれるので、マウントに失敗しているようなら設定を変更して再度挑戦しよう。Plamo 側は GRPH + F2 で仮想コンソールに入って設定できるし(ネットワークが通っているかどうかはここで ping すれば分かる; 母艦から ping したほうが速いが)、/etc/exports を変更したら kill -HUP `cat /var/run/mountd.pid` して設定を反映させる。

長い道程であった……。インストールが完了したみたいだ。あとは明日以降に回して寝よう……。


9月13日×TOEFL

朝8時半にチェックインらしいので7時半に寮を出発。自転車に乗っているとき雨がばらばら降ってきたので傘を買った。が、結果的に必要なかった……。道行く人が濡れながら傘も持たずに歩いているので変だとは思ったが。

TOEFL 試験。持ち込み一切不可。CBT だが Listening, Structure, Reading, Writing でびっちり4時間かかった。Listening では後ろの人がマウスをかちかちやる音に気を取られてまともに聴けなかった。こんな神経質だったっけ? しかも Reading が1時間半もあって途中で文章読みながら眠りそうになってしまった……。いかんいかん。

試験の最後に仮スコアを教えてくれた。177-230 (Writing の採点がまだなので Writing 次第で変化しうる) だった。旧 TOEFL に直すと 500-570 くらいみたい。やばいな……213(旧 550) はないと洒落にならない。さらに AIKOM で Sydney 大学に出そうとすると 233 点以上を要求されるのだが、足りてない……。その他候補も検討しなきゃだめかな(ちょっと弱気)。

思わず生協でプログラミング Ruby を買ってしまう。BSD Magazine が明日発売なので手持ちぶさたになって衝動買いしたのである。なぜまつもとゆきひろさんの Ruby 盆でなくこれかというと、単に表紙がうしゃぎだったから、という理由だけである :-)

takeki くんに Chandra II いいよー、とそそのかしたら本当に買った。65000円らしい。65000円に値するものだとは思うが、彼の懐具合はだいじょうぶなのだろうか。

Windows 98 のインストールと設定。Windows Update にあるだけでもけっこう大きい。相談員部屋からなので寮からより速く、快適である。IE 4.0 を IE 5.01 にアップグレードしたが、IE4 のほうが絶対軽いなあ。上げるべきではなかったか……。でも昔には戻らせないのが MS 流。


9月12日×テロ

情報が錯綜していてよく分からない。戦争にならなければよいが。

情報棟に行くと madin さんが M/B をケースにつけていた。garmy さんが補佐しているので、自分はご飯を食べながらノート PC の設定の続き。

どうも 8GB 以上の領域にカーネルを置いたらブートローダからはロードできないらしい。Linux でも FreeBSD でもいったんカーネルさえロードできれば 8GB の壁も関係ないようだ。

基本領域 1: 2GB
FAT32
基本領域 2: 10MB
Linux ext2 /boot
基本領域 3: 6GB
FreeBSD FFS(ここまで under 8GB)
論理領域 5: 300MB
Linux swap
論理領域 6: 11GB
Linux ext2 /

のように取ると、Linux はブートできるが FreeBSD のパーティションテーブルが壊れてしまうらしく、起動できなくなる。

いいかげん疲れたので Linux は諦めて Windows と FreeBSD だけにしてしまう。なんか今後一生こんな感じになりそうで恐い。

結局こうなる:

基本領域 1: 6GB
FAT32
基本領域 2: 500MB
FreeBSD FFS(200MB /, 300MB swap)
基本領域 3: 12.5GB
FreeBSD FFS(1000MB /usr/obj, 1500MB /var, 4000MB /usr, 6000MB /home)

FreeBSD の設定が終わってから FAT に Windows の cab を scp しようかと思ったら、Windows Me の起動 FD から起動しても不正なディスクだと言われて format できない。仕方なく FreeBSD から newfs_msdos すると、newfs なのに read-only file system なんて危なげな警告が出て、マウントして書き込むと案の定フリーズした。

どうしようもないのでもう一度起動 FD から起動し、サイズが足りなくて詰め込めなかったので別の FD に format.com を転送し、実行したらちゃんと format できた。scp も完了。やっと LAN から離れられる……。10BASE じゃなくて 100BASE になりたいものだ。


9月11日×嵐

相談員勤務に行くつもりだったが、あまりに雨がひどいので寮に蟄居。一歩外に出ただけでもびしょ濡れになるな、これじゃ。こんな強い雨風は生まれて初めてだ。

しかしこんな雨の中でも会社員の人は這ってでも会社に行くのか。帰ってこられなくなったら会社に止まるのだろうか。それでも食糧は買わないといけないだろうし、そうしたら出前を取るのだろうかなどと考える。出前だったら出前を配達する人は大変だなあと思ったり。出前が忙しかったら仕方なく濡れながらコンビニにでも行かないといけないだろうが、コンビニも場所によっては代わりの人が来られなくて24時間以上連続で入ってたりするんだろうな。どなたもご苦労様です。

午後には雨も風も止む。夕焼けがすごくきれい。明日は晴だなー。

今日は HDD の入れ替え。

# dump 0af - /dev/ad0s1a | ssh usata@hps.c.u-tokyo.ac.jp dd of=root.img

などとして保存。インターネット越しだと昨日フルバックアップに18時間かかったので、LAN 経由で転送しておく。

まず FreeBSD のインストール。寮 PC に ftp サーバを立ててインストール。インストール自体はなんなく終了するが、restore に時間がかかる。寝ながら復元。

一応復元が完了したので次に Debian のインストール。最低でも FD 6枚必要なので苦労する。dd しては消し、なんてしながら入れる。こちらは ftp がうまくいかなかったので http インストール。

LILO を入れて再起動。さて、Windows でも入れようかな、と思って FreeBSD を起動した矢先、シングルユーザモードに落とされる。なぜ? くぅ、FreeBSD に 10GB 切ったのがいかんかったか。8GB 以上の場所にあるパーティションは触れないらしい。同じスライス上にあるのに、/home だけ見えない。なんでじゃー。

14時から24時までかかってせっかくここまで辿り着いたので消したくはなかったのだが、泣く泣く FreeBSD と Linux のパーティションを削除。とりあえず Windows 98 を入れる。FreeBSD から FAT が触れるので寮 PC に CD-ROM をマウント、ノート PC の C: を FAT でマウントして scp -rp して放り込んで HDD 経由で Windows を入れる。が、VGA しか出ない。はぁ。ま、いっか。

とりあえず Debian より FreeBSD が使えないと洒落にならないので、なんとか復旧する。ひー、時間がかかる。

今日風呂の掃除をしていたら眼鏡のフレームがぱきっと割れてしまった。とりあえず使うぶんには支障ないが、明日にでも換えないとなあ、というわけで出費がかさむ。

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Į (üʳصر), mamoru dot komachi at gmail dot
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Mamoru KOMACHI (Nara Institute of Science and Technology)
Last modified: Wednesday, 26-Aug-2009 14:39:41 JST